自分にとってラクな環境が、鰻にとっても最高な場所だったー岡山・真庭で自然とともに生きる-3
2020年4月に東京から蒜山に移住し、鰻料理専門店を営む村田翏(りょう)さん・朋子さん夫妻。
呼吸が合ったし、水が合った
「こんな山の中でよく店を始めたねと言われますが、こっちのほうがむしろ自然で普通。庭には山椒の木があって、山に筍や茸が出てきたら嬉しいし、山で料理に添える木苺を探したり、店に飾るヤマアジサイを摘んだりする生活はとても楽しい。東京時代は前世ではないかと思うくらい」と妻の朋子さんは笑う。かつては形成外科医として忙しく働いていた。
夫の翏さんは、老舗の鰻店で13年間修業後、2013年に中目黒に店を構え、ミシュラン1つ星を獲得。いつも予約でいっぱいの人気店だったが、「日々に追われるこの生活をいつまで続けていくんだろうと不安でしたね」と当時を振り返る。
以前から、好きな酒の蔵元をめぐって山陰を訪れていた2人。知人の紹介で蒜山耕藝を訪ね、この土地に惹かれたという。
「空気感ですね。呼吸が合ったし水が合った。何度か『くど』で料理をしたときも、東京よりラクにおいしくできたんです。だったらこっちに住んだほうがよいのではと。2人とも東京生まれの東京育ち。昔から地方移住に憧れがあって、土があれば何とかなるだろうと思っていました」と翏さん。
「毎朝津黒泉水に炊飯用の水を汲みに行くのですが、この辺は不動滝もあり、川も多くて本当に水が豊か。昔からもめることがなかったのか、人がみんなやさしいんですよね。移住の理由は水ですって言ってしまえばわかりやすいですが、人のよさも大きかったと思います」と朋子さん。
住居を探し始めると、たまたま見つかった空き家が、蛇口をひねると28℃の温泉水が出る家。
源泉かけ流しの温泉で鰻を泳がせる
「実は鰻の養殖池は、28℃に加温しているんです。鰻を生きたまま仕入れて、ここの水で鰻を1週間泳がせると、肌艶がよくなり、雑味がとれてきれいな味になるんです」
翏さんは偶然だったと言うが、来るべくして辿り着いた必然。
東京よりさらにおいしくなった
翏さんの鰻調理は、血抜き、骨切り、串打ちから蒸し方、焼き方にいたるまですべてがオリジナルだ。
「特徴をひと言でいうなら、しっかり焼いて、しっかり蒸して、しっかり焼く、です。目指しているのはエレガントな味。東京のときよりさらにおいしくなりました」と翏さん。
日本酒をかけながら焼いた「鰻 酒焼き」は、ふわっとした繊細な身に驚く。「鰻と新玉ねぎのケークサレ」はまるでフレンチの一皿。ピンク色のグミのソースが忍ばせてあり、手前に朋子さんが摘んできた木苺を添えている。
コース最後の「鰻丼」は通常は半尾だが、半尾を増量で(¥2,800)。完全予約制でデザートを含む全8品の鰻のコース料理¥14,700(税サ込)で鰻1.5尾を味わえる。
蒜山 鰻専門店 翏
撮影/大沼ショージ
取材・文・編集/和田紀子