アメリカ生活を支えてくれた恩人たちへ 国枝慎吾が英語以上に得た宝物とは
※ この記事は、翼の王国2025年10月号に掲載されたものです。
昨年1月にスタートした私のアメリカ生活も、間もなく終わりを迎えます。この原稿は、まだオーランドで書いていますが、皆さんがこれをお読みになるころ、私はもう、日本にいるはずです。そこで今回は、2年弱に及んだこちらでの暮らしを支えてくれた “恩人”たちを紹介したいと思います。
一人目はUSTA(全米テニス協会)のフィジカル部門のトップコーチ、大地智さん。大地さんがいなかったら、私は2カ月ぐらいで日本に逃げ帰っていたんじゃないか、本気でそう思います。
ソーシャルセキュリティナンバー(社会保障番号)取得からクルマの購入、それに自動車保険加入など、生活の基礎となる部分で、本当にお世話になりました。とくに、保険の手続きがひと苦労で。担当者と何度も何度も電話で、もちろん英語でのやりとりを重ねたんです。このとき、大地さんが手助けしてくれなかったら、もし自分ひとりだったら、あっという間に心が折れていたんじゃないかなと思います。
大地さんは30年ほど前、留学を機にアメリカに渡ってきたそうです。そのときは「英語力ゼロだった」と笑っていました。そんな人が、USTAという大きな組織のフィジカル部門のトップにまで登りつめ、グランドスラムで優勝するような強い選手たちをサポートしている……その裏側で大地さんの重ねてこられた努力を思い、心底リスペクトを覚えました。
また、家族ぐるみのお付き合いもさせていただいて。大地さん宅で、一緒にバーベキューをして、おいしいリブをいただくという楽しい週末を、幾度も過ごさせてもらいました。
もう一人、紹介したいのが、同じUSTAの車いすテニス部門のヘッドコーチ、ジェイソン・ハーネットさん。彼と私は、じつはもう30年近い長い付き合いになります。
私が現役のころ、彼はある意味、敵側の人でした。国別対抗戦などあればアメリカのベンチにジェイソンは座り、「クニエダをどう攻略するか」と頭を捻っていたのです。いまでも「あの大会では、よくもアメリカ人選手をコテンパンにしてくれたな!」なんて話を、ジョーク交じりにされたりします。正直、私はあんまり覚えていないんですが(笑)。
そんな、かつて敵味方だったジェイソンと私が、いまは同じジュニア選手の育成について話し合いを重ねている……これは、とても新鮮な経験でした。
また、私にとってのジェイソンは最高の英語の“コーチ”でもあります。週に1度はランチをともにするのですが、彼はとにかく話すことが大好き。2時間みっちり英語のシャワーを浴びせてくれます。ジェイソンのおかげで私の英語耳は、ものすごく鍛えられたと思います。
二人以外にも、私のオーランド生活を支えてくれた人は大勢います。すべての方々に、この場を借りて心からの感謝を伝えたいと思います。本当にありがとうございました!
写真・文 国枝慎吾
脊髄腫瘍のため9歳から車いす生活となり、11歳で車いすテニスと出会う。四大大会とパラリンピックを制覇する「生涯ゴールデンスラム」を達成。23年1月、世界ランキング1位のまま引退。
2016年よりスポンサーシップ契約を結んでいるANAは国枝さんの新しい挑戦をさらに応援し続けます。
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