歌舞伎俳優・中村橋之助　伝統を背負う重み、その意味を味わった二つの名店

［私の“二枚看板”］第九回／案内人：中村橋之助

歌舞伎俳優たちの舌を魅了した「祝着至極」のメニューを毎月2皿ずつ、紹介します。第九回は、精悍な舞台姿が人気の花形、成駒屋のホープが登場。

　私・橋之助がまず、ご紹介したいのが「ちゃんこ 江戸の海」。10年ほど前から通っていますが、こちらは学校の先輩の親御さんが開いたお店で、いまは、先輩の弟さん、ご次男が引き継いでおられます。お父さまは片男波部屋の元力士の方で、ご次男は私と同年。そして、相撲や歌舞伎といった日本の伝統文化に強い関心がある。互いに父親から譲り受けたものを、どう広げていくか、どう学び直していくかという点で彼とは共感するものが多く、意気投合して足繁く通うようになりました。

　もちろん、ちゃんこ鍋も絶品。ベースは味噌味で、さまざまな具材が入っていますが、なかでも鶏肉のお団子が美味しい。とてもこだわって作られていて、お団子自体に味がしっかりついています。ジューシーで、口に含むとふわっとほどけるのに、肉感もしっかりあるんです。私はそのお団子が大好きで、帰りにそれだけをいただいて持ち帰り、翌朝、自宅で味噌汁に入れて食べたりも。

　もう一店は、名古屋・大須の「備長炭ステーキ炉 Sakai」。こちらは父と母が長年、通っていたお店。私が初めて行ったのは、本当にまだ赤ちゃんのころ。私はこちらのオーナーさんに抱っこして、あやしてもらっていたそうです。父の名古屋公演があると、母が毎回、僕ら兄弟に舞台を観せに連れて行ってくれて、夜は家族でSakaiさんに行くのが、名古屋での芝翫家スタイルでした。

　今回、なぜこちらのお店を紹介させていただいたかと言いますと……、一昨年ですね、坂東玉三郎のおじさまの名古屋での公演に、兄弟3人で出演させていただいたんです。そのときが私たちにとって初めての、親がいない状況での1ヶ月の名古屋公演でした。

　その公演の初日。「弟たちも頑張っているし、長男の僕がご馳走してあげよう」と、3人だけで初めて、Sakaiさんに。その晩、最初に出てきたのが、ターターステーキだったんです。こちらをパクッと口に含んだとき、いろんな思いが胸中を駆け巡りました。玉三郎のおじさまのもと、兄弟3人で大きなお役をさせていただいている感慨や、もっと頑張って、私も父・芝翫のように、家族を連れて来られるようにならなければ、という思いも。そんなふうに決意を新たにしつつ、ここまで来られた自分を褒めてやりたい気持ちも噛み締めながら、ターターステーキをいただきました。

　細かく刻んだナマのお肉にさまざまな香辛料が混ぜ込まれ、とても複雑な味がするターターステーキですが……。この夜は、格別な〝大人の味〟がした気がいたします。

絵：矢野元晴