メゾンカカオ石原紳伍が語る、100年続くチョコレート文化への挑戦
コロンビアで出会った一粒のカカオが、石原紳伍さんの人生を変えた。人々の暮らしに自然と溶け込み、地域や生産者、生活者をつなぐチョコレート文化。その豊かさに魅せられた石原さんは、鎌倉から「チョコレートのある豊かな日常」を育むブランドづくりを始めた。メゾンカカオが目指すのは、商品を売ることではなく文化を育てること。旅から生まれた創造力と人との縁を原動力に、100年先へ続くチョコレート文化への挑戦を聞いた。

旅するように、ブランドを育てる。
メゾンカカオ代表・石原紳伍が語る「100年続く文化」への挑戦
鎌倉発のチョコレートブランド「MAISON CACAO(メゾンカカオ)」。
その名は今や日本国内にとどまらず、世界へと広がりつつある。しかし石原紳伍さんが目指しているのは、単にチョコレートを売ることではない。
コロンビアで出会った一つの風景から始まったのは、「チョコレートのある豊かな日常」という文化を日本に根づかせる挑戦だった。
旅が育んだ創造力、カカオがつないだ人との縁、そして100年先を見据えたものづくりについて話を聞いた。

――石原さんにとって、旅とはどのような存在でしょうか。
“未知との出会い”ですね。僕は人生を設計するというより、人生そのものを旅していたいと思っています。知らない土地を訪れ、その土地ならではの文化や景色、人と出会う。すると、今持っている知識や経験と新しい発見が掛け合わされて、思いもよらないクリエーションが生まれる。その瞬間がすごく好きなんです。
――幼いころから旅は身近だったのでしょうか。
父の実家が韓国・済州島にあったので、子どものころは毎年のように訪れていました。大人になってから特に印象に残っているのは、妻と訪れたカリフォルニアですね。当時はカフェ文化を学びたかったんです。カフェが街づくりの起点になっているという話を聞いて興味を持ちました。アメリカは車社会で、昔からある街がオールドタウン、新しく開発された街がニュータウンと呼ばれています。そのなかで、家でも職場でもないサードプレイスとしてカフェが機能していたんです。
人が集まり、コミュニケーションが生まれる。すると、その周りにファッションのお店やレコード店ができ、クリエイティブな人たちも集まってくる。カフェという空間が、いかに街づくりやライフスタイルの根源になっているのか。それを自分の目で見てみたくて、カリフォルニアへ向かいました。

――そうした旅を続けるなかで行き着いたのが、カカオの産地であるコロンビアだったのですね。
そうですね。もともと僕は、文化をつくることに関わりたいと思っていました。中学、高校、大学とラグビーを続け、その後、前職では仕事以外で、哲学や宗教学、世界史などを学ぶ機会がありました。そこで、仕事をする意味って何なのか、自分が生きた証として何を残せるだろうと考えるようになり、そのなかで見えてきたのが、「文化づくり」でした。そして、地方創生プロジェクトなどさまざまな事業に関わるなかで訪れたのがコロンビアでした。
朝、街を歩くと、人々が当たり前のようにチョコレートドリンクを楽しんでいる。カカオを育てる生産者がいて、その恵みを楽しむ生活者がいる。そこには、チョコレートを中心に人々の暮らしがつながっている風景がありました。
日本ではチョコレートというと、バレンタインや特別な日の贈り物のイメージが強いですよね。でもコロンビアでは、もっと日常のなかに溶け込んでいる。その風景を見たときに、「日常でチョコレートを楽しむ文化を日本でもつくりたい」と思ったんです。コロンビアで見た景色が、メゾンカカオの原点になっています。


――もともとチョコレートがお好きだったわけではないそうですね。
実は苦手でした(笑)。でも現地で初めて生のカカオ豆を食べたとき、本当に衝撃を受けたんです。ものすごく美味しかった。「チョコレートって、この果実からできているんだ!」と初めて知りました。そして、調べていくうちに、カカオは発酵食品であり、本来は鮮度が大切な素材だということもわかりました。日本料理には鮮度を重んじる文化がありますよね。だったらチョコレートも同じように考えられるのではないかと思ったんです。
――カカオを通じて見えてきた、日本ならではの可能性はありますか。
僕は、日本人の味覚や美意識には世界をリードする力があると思っています。例えば、寿司ですよね。日本ならではの鮮度を重んじる食文化は、世界に生魚を楽しむ価値観を広げました。また、ウイスキーもそうです。スコットランドで生まれた文化を、日本人が独自に磨き上げ、今では世界から評価される存在になりました。チョコレートも同じだと思うんです。ヨーロッパから入ってきたものを、日本人ならではの感性で再解釈することで新しい価値を生み出せる。その一つが、僕たちが大切にしている“アロマ生チョコレート”です。

――メゾンカカオの代名詞ともいえる商品ですね。
日本人はしっとりとした食感や口どけを好む傾向があります。僕たちはそこに着目して、水分量を極限まで高めた生チョコレートをつくりました。通常10%ほどの水分量のところ25%でお届けしているアロマ生チョコレート。「こんなチョコレートは初めてだ」と言っていただけることが多いんです。日本人が心地よいと感じる味覚を、世界に届けたいと思っています。
――ブランドの拠点として鎌倉を選ばれた理由も、その考え方と関係しているのでしょうか。
大きく関係しています。僕は文化をつくりたいと思ったときに、文化都市に身を置きたいと思ったんです。京都や奈良も素晴らしい場所ですが、鎌倉には海があり、古くから海外との交流の歴史があります。禅や茶の湯が育まれたのも、この土地ならではの風土があったからだと思います。


――その考え方はANAが大切にするおもてなしとも重なるように感じます。
本当にそう思います。実は子どものころの夢はパイロットだったんです。今でも空港に行くとワクワクしますし、何度飛行機に乗ってもその気持ちは変わりません。振り返ると、僕が飛行機に憧れていたのは、世界中いろんな場所に行けるからだったんですよね。その土地の文化に触れたり、新しい発見をしたり、逆に外から日本を見つめ直したりすることができる。
僕にとって旅はずっと未知との出会いでした。今はチョコレートを通じてパイロットという仕事と同じようなことができている気がしています。コロンビアで出会ったカカオが人生を変え、その旅の経験がブランドになっていった。ブランドの歩みというのも設計して進むものではなくて、仲間と一緒に旅をしながら感性を磨いていくようなものなんです。だから僕自身、今もカカオを通じて旅を続けている感覚がありますね。


――ANAの機内でメゾンカカオの商品が提供されるようになったときは、どんなお気持ちでしたか。
すごくうれしかったですね。実は創業して間もないころ、自分からANAさんにお話をしに行ったことがあるんです。「日本の航空会社だからこそ、日本のブランドを世界のお客様に紹介してほしい」と。当時の僕たちはまだ無名でしたが、いつか機内で提供していただけるようなブランドになりたいと思っていました。その後、海外のチョコレートイベントで評価していただいたことをきっかけに、ご縁がつながっていきました。振り返ると、一つひとつの出会いが今につながっているんだなと思います。
旅って、飛行機に乗った瞬間から始まっていると思うんです。これからどんな景色や体験に出会えるんだろう。そんなワクワク感がありますよね。だから機内で召し上がっていただくショコラも、旅の始まりを彩る存在であってほしいんです。普段は選ばないような味に出会ったり、新しい発見があったりする。そのきっかけになれたらうれしいですね。

――メゾンカカオが掲げる「100年続く文化」とは、どのようなものでしょうか。
長くものづくりを続けるためには、生産者の方々の生活環境を守り、高めていくことが不可欠です。生産者が豊かであってこそ、初めて良いものが生まれます。
僕が最初にコロンビアへ行ったとき、カカオが育つ地域には、コカインの原料になるコカの葉が栽培されている場所も多くて、暴力や虐待の影響を受けている子どもたちがたくさんいました。そんな環境のなかで、未来をつくる子どもたちが、日の当たる場所でいろいろな可能性にチャレンジできるようにしたい。それが結果的に、よりいいカカオづくりにもつながると思ったんです。だから最初は小さな「あおぞら学校」から始めました。その思いに共感してくださる方が少しずつ増えて、最初は3軒だった契約農家も、今では2000軒を超えるようになりました。
特別なことをしているつもりはなくて、何が必要なのかを考えながら、パートナーのみなさんと一緒に未来をつくっていく。その積み重ねが、100年続く文化につながっていくんじゃないかなと思っています。


――最後に、石原さんにとってカカオとは何でしょうか。
魔法ですね。本当に不思議な果実なんです。チョコレートになるだけじゃない。飲み物にも、お酢にも、料理にもなる。人と人をつなぎ、文化をつくり、未来を育てることもできる。僕はカカオに出会って人生が変わりました。だからこそ、この果実が持つ可能性をもっと多くの人に届けていきたい。100年後も、チョコレートのある豊かな日常が続いているように。そんな未来を思い描きながら、これからも旅を続けていきたいと思っています。
MAISON CACAO メゾンカカオ

石原紳伍(いしはら・しんご)
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