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飛行機から見る富士山はなぜ飽きないのか? 空の上で完成する日本一の風景

飛行機から見る富士山はなぜ飽きないのか? 空の上で完成する日本一の風景

LIFE STYLE 快適な空だけの旅

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富士山が好きだ。けれど登りたいとは、なぜか思わない。私にとって富士は、見上げる山であるより、旅の途中でふいに現れて心を奪う山だからだ。少年時代の鉄道旅、デザイナー時代、音楽活動、そしてANAで巡る空のルートまで、富士と歩んだ時間をたどる。

日本人はもちろんのこと、外国から訪れる観光客も、みんな大好き富士山。富士山なんて大嫌い!という人には、これまでお目にかかったことがない。

富士山に人一倍思い入れがあり、人生の節目ごとに様々な“富士”と関わってきた私。小学5年生の時、父親と一緒に札幌から鉄路で函館、連絡船に乗って津軽海峡を渡り、青森から上野までは常磐線経由、東京駅からひかり号で京都へ向かう途中、車窓から雲の合間に残雪の筋がくっきりと美しい富士山を見たのが最初だった。

蝦夷(えぞ)富士と呼ばれている羊蹄山(ようていざん)しか見たことがなかった私は、ホンモノの富士山に大興奮。36枚撮りのフイルムカメラのシャッターボタンを何度も押しまくっていると「同じような写真ばかり撮るのは勿体(もったい)ない!」と父からピシャリ。ケチなことを言う父親だと思うかもしれないが、当時の写真一枚のコストは今とは比較にならないほど高価であったので、納得して撮影終了。

旅が終わった後、ネガフイルムを現像、サービス判のプリントで仕上がってきた写真のほとんどは、車窓のガラス汚れにピントが合ってしまったボケボケなカットばかり。残念な富士山のファーストショットになってしまった。


上京後、遠くに富士山を望むことができた江古田の日大藝術学部の屋上は、晴れてさえいればタダで見られる癒しスポットだった。大学卒業後は、富士が冠につく自動車会社のカーデザイナーとして採用された。社名がその後、星座の名前に変わってしまったが、直訳すると「遺産」という車名の初代スタイリングの他、鉄道車両などいい仕事に就かせてもらった。

自動車会社退職後はミュージシャンに転向、ついに「フジロック」に出演する機会にも恵まれた。その後、フジロックに便乗して「フジマンボ」というナイトクラブイベントを立ち上げ、河田町からお台場へ移転する頃のフジが冠についたテレビ局で、「ラテン専科」「科学マンボ隊ラテンジャー」という深夜番組の司会を担当。最近では富士山を間近に見上げる富士市の商店街でマンボライブを敢行した。

そんなに大好きな富士山なのに登頂経験は未だにない。多分、今後もないと思う。富士山は、飛行機の窓から見てなんぼのもの。機窓から見下ろす富士山を見飽きることはない。

富士山静岡空港へ着陸、そしてまた同じ飛行機に乗って離陸。まるで浮世絵のような構図の富士山を、今度こそしっかりオートフォーカス機能が備わった携帯でパシャパシャと無限に撮影。

羽田→那覇→静岡→新千歳→羽田と乗り継いで、日帰りもできてしまうANAならではのルートを楽しむなら、今のうちだ。

〜つづく

イラストレーション/ソリマチアキラ

パラダイス 山元 | ぱらだいす やまもと

プロ搭乗客。 ANA ミリオンマイラー。音楽家。餃子レストラン「荻窪餃子 蔓餃苑」オーナーシェフ。著書に『読む餃子』、英語版・フランス語版餃子レシピ本『GYOZA』、『パラダイス山元の飛行機の乗り方』『なぜデキる男とモテる女は飛行機に乗るのか?』などがある。全国各地で開催中の「皮からつくる本気の餃子づくり教室」などの出演イベントの詳細は X(旧Twitter) で発信中。

X @mambon

パラダイス 山元  写真

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