写実の先の“あこがれ”を描く現役藝大生アーティスト
キュレーター米原康正氏が今の時代に注目するアーティストを紹介する本企画。今回は女の子をモチーフにそのまなざしの瞬間を切り取ったようなイラストを描くアーティストmightさんをご紹介します。
アートの世界ではデジタルだのフィジカルだのとその区別化を煽るような理論がいろんなとこで見られるが、すでに時代はデジタル生まれのデジタル育ちなmightのようなアーティストを誕生させている。そんなデジタル世代がフィジカルな世界へ踏み出し始めた。いいものはいいのだ。区別するより期待したい。
(米原康正)
『コロナ禍がきっかけで絵をSNSに上げるように』
1枚目/「Girls 」procreate 2021
2枚目/「帰らない 」procreate 2023※1
3枚目/「記憶 」procreate 2023※2
米原(以下米):mightさんは2022年に藝大に入学したよね。高校は進学校だったのになぜ藝大に?
might(以下m):実は自分でも覚えていなくて受験後に知ったんですけど、昔からの憧れだったみたいです。
去年の成人式で10年前に埋めたタイムカプセルを開けてみたら「東京藝術大学に合格していますか?」と手紙に書いてあって。
思えば、祖父母に上野の美術館に連れて行ってもらっていた小さい頃から、藝大に憧れがあったんだと思います。
米:それを合格した後に知るってドラマみたいだね。
m:進路として藝大を選んだ理由はもっと現実的な話で、絵で食べていくにはどこかで頑張る時期が必要だろうなと。
あとは、自分がアーティストとして生きていけるとはあまり思っていなかったので就職のことも考えて、という感じでした。
米:でもSNSで絵を発信し始めて今ではイラストを描くアーティスト=アートレーターとして活躍しているよね。そもそもいつからSNSに絵を投稿するようになったの?
m:高校2年生の終わりの時期からです。ちょうどコロナが流行り始めて登校ができなくなってしまって、周りは受験勉強を始めている中で自分は藝大を目指していて勉強系の受験ではないし、絵のために何か始めたいなと思ってSNSを始めました。
本当は高校3年生になったら長期で東京の予備校に行く予定だったんですが、コロナ禍が続いていたのでそれもできない状況で……。家で勉強をしつつデジタルで絵を描いてSNSに上げていました。
米:その流れで「WEGO放課後アート部」のSNSアートコンテストに応募したんだ?
m:はい。SNSでつながっている子がコンテストに応募しているのを見て「WEGOってあの⁈」と思って。1回目は落選してしまったんですけど候補にはなっていたと聞いて2回挑戦しました。
米:その2回目に入賞したことがきっかけで「Numéro TOKYO」ウェブ版での連載が始まったんだよね。mightさんの作品を元にミュージシャンに詩を書いてもらうっていう。
m:そうですね。浪人時代の2021年11月から始まったので受験の準備との両立が大変でしたが、自分が大好きなアーティストさんに自分の絵を見てもらってさらにそこに言葉をつけてもらえるというのは夢のようでした。
米:自分の作品に言葉がついた時はどう思った?
m:本当にそのアーティストの方々それぞれなので、いつも新鮮な気持ちでびっくりしていましたね。
自分の作品が「この方の歌になっているな」というか……。絵がその方が作る物語の景色になっている、と感じることが嬉しかったです。
今年の9月から11月までは元チャットモンチーの福岡晃子さんとコラボしているんですけど、福岡さんは私が高校時代によく聴いていた「染まるよ」という曲の作詞をした方なんです。
その曲を聴くと高校生の時の切ない気持ちを思い出して切ない気持ちになったりもして……。「帰らない」や「記憶」は曲を、明るくて、楽しくて、笑っている女の子だけじゃない、物憂げなところをイメージして描きました。
『描くことで“あこがれ”を消化している』
1枚目/「夏を纏う 」procreate 2021
2枚目/「逃避行 」procreate 2022※3
3枚目/「ウサギが笑った」procreate 2022 ※4
米:普段から音楽を聴きながら絵を描くんだよね。
m:そうなんです。音楽を聴いて描くのでそのアーティストの方が紡ぎ出す世界観にすごく影響を受けて描いていると思います。
もちろん、過去の経験や自分の気持ちを表現しようと思って描くんですが、それに合わせて聴く曲を選ぶし曲から影響を受けて切ない気持ちになったりもしますね。
米:mightさんが描くモチーフは女の子が多いけど、それには何か理由があるの?
m:小さい頃から女の子を描くのが好きだったというのがあるんですけど、一番のきっかけは浪人時代の出来事ですね。
浪人生の頃、仲の良い友人と海に気晴らしに行ったんです。
海でカメラを構えて友人を撮ろうとした時に、麦わら帽子を被った友人がこっちを見ている風景がすごく印象的で……。
それまでは受験に追われて「絵を描かなきゃいけない」と思っていたのが、自然にその景色を「描きたい」と思えて帰宅してからすぐ一枚書き上げられたんです。
その作品がSNSでも反響をいただいて「絵を楽しいと思って描いたらいいものができるんだ」と感じられて、自分にとって大きな出来事でした。それからもその友人をモデルに描かせてもらっています。
米:作品を描く時にはいつも写真を撮っているの?
M:そうですね。この時までは写真を撮るのはポーズの参考にするためだったんですけど、そこからフィルムカメラやスマホのカメラで写真とか動画に収めた後で、その時のことを思い出しながら、自分の中にあるものを投影しながら絵を描くようになりました。
米:そうした作品の個展をする時に「あこがれ」と題したのはどうしてだろう?
M:私の中にはずっとなりたい自分があって、でもそれに簡単にはなれなかったりする……。
なんというか……自分にすごく満足しているわけではないから、だからそういう意味で「あこがれ」があります。
でも、なりたい存在や見たい景色を絵にすることで自分のものとして見ることができるし、絵にすることで消化できるからそういう「あこがれ」の気持ちを絵にしてきました。
先ほど過去の経験や自分の気持ちを絵に投影する、というお話をしましたが、それも消化したいからなんだと思います。
『見た景色“以上”を描けるのが絵の良さだと思う』
1枚目/「あこがれ」procreate 2022
2枚目/「Long time.」procreate 2022
3枚目/「Love is 」procreate 2022※5
米:大学ではデジタルではなくフィジカルで描くことが多くなっていると思うけど、どうだった?
M:大学に通いながら、今は独学で油絵に挑戦し始めています。もちろん今まで全く触ったことのない画材ですし、技法的にうまくいかない部分はあるんですけどデジタルで描くのとはかかる時間が違うところに難しさを感じていますね。
でもすごく楽しくはあります。幼少期から印象派の作品にすごく憧れていたので油絵はずっとやってみたかったんです。
米:印象派は誰が好きなの?
M:すごくベタなんですけど、クロード・モネです。近くで見るとざっくりしているタッチが、遠目で見ると絵になっている、というのが本当に好きで。
以前にフランスに行ってモネが描いた景色を見に行ったことがあるんですが「この景色があの絵になるのか」と感動しました。見たままの景色を描いたのではなく、絵の具の素材感まで生かしているような……。
モネは自分が見たい景色や、見た景色から汲み取って再構成したものをキャンバスにのせている部分があるんじゃないかなと思っていて、そういう描き方にすごく魅力を感じて好きです。
米:実際の景色よりも絵にした方が魅力的に見えたりするよね。
M:そうですね。それができるのが絵の良さだったりすると思うから、巨匠と比べるのはおこがましいですが自分もそうなりたいと思っています。
「写真とそっくりだからいいね」と言われるのではなくて、「この絵だからいいね」と言われる絵を描きたいです。
でも油絵だと塗り直しが効くので、ずっと塗り重ね続けて完成しないという事態にいつもなってしまうんですが……。
米:mightさんはやりすぎるところがあるからね(笑)。考えすぎというか。デジタルの作品でもすごい細かいところまで描き込んでいたよね。
M:そうなんです。憧れすぎるあまり要求が高くなりすぎるというか、「ここまでもっとやらなきゃ!」みたいな思い込みがあったりするので人に見てもらうこともしないとなと(笑)。
米:来年の3月には個展を予定しているよね。今後、こうしていきたいという目標はある?
M:一番は続けていくことが目標です。
せっかく目指していた大学に入れたので、幅広く勉強して色んな視野を身につけて、その上で絵を描き続けていきたいなと思います。
あとは、これは仲の良い友人にしか言っていないような大きな夢なんですけど……。
最終的に、努力して多くの人に知ってもらって信頼してもらえるようなアーティストになったら、昔の自分のような若い子たちに手を差し伸べられるような存在になりたいですね。
出典
※1〜4 numero.jpにて「girl meets…」連載より
※5 和ぬか「Love is」より
Yasumasa Yonehara
熊本県出身。『egg』を創刊したガールズカルチャーの第一人者で新たな才能の発掘を行うアートキュレーター。2023年には阪急メンズ東京7階に「DA.YO.NE.ギャラリー」、原宿とんちゃん通りに「tHE GALLERY HARAJUKU」などのギャラリーを開きアーティストの発信をしている。
https://www.instagram.com/yone69harajuku/
https://twitter.com/yone69harajuku
might
2002年生まれ。静岡県出身。東京藝術大学デザイン科2年。アーティストとイラストレーターが融合したアートレーターという肩書きを持つ。2020年に「WEGO放課後アート部」SNSアートコンテストで入賞。2021年からは「Numéro TOKYO」のウェブ版で毎月作品を発表し、2022年にはGALA湯沢のメインビジュアルイラストを提供した。
https://twitter.com/_______might
https://www.instagram.com/_______might117/
取材・文 米原康正
編集 藤沢緑彩