ただの点かそれとも…?”無意識の意識”を掘り起こすドットペインティング
キュレーター米原康正氏が今の時代に注目するアーティストを紹介する本企画。今回はアボリジナルアートに影響を受け即興的に描く点により表現をするアーティスト、Momoさんをご紹介します。
爪楊枝で描かれるドットに同じものは一つとして存在しない。それはこの地球に生きる僕たちそのもの。小さなドットが集まって一つの世界を表現する。それはまるで僕たちが住んでいるこの宇宙空間そのものだ。Momoの作品を見るたびに僕の意識は何もない空間をふわりふわりと漂い始める。
(米原康正)
『アボリジナルアートには原始的なクリエイティブがある』
1枚目/「Untitled」 アクリル、キャンバス 41×41cm 2023
2枚目/「パンダのパンチョ2」 アクリル、キャンバス 22.7×22.7cm 2020
米原(以下米):Momoさんのこの点を描くという表現はどう生まれたの?
Momo(以下M):大学を卒業した頃に、独自の何かを持っている人と描写力だけでは戦えないから私も自分だけの表現スタイルが欲しいと思ったんです。
それで新宿伊勢丹でやっていたアボリジナルアートの展示をやっているのを見て「ドットかっこいいじゃん」みたいな感じで始めました。
米:「かっこいいじゃん」から始まったんだ?
M:一番最初はそうでしたね。
アボリジナルアートは文字を持たないオーストラリア先住民が、自分たちのストーリーテリングを継承するために絵にしていたという始まりがあるみたいです。そういう原始的なクリエイティブさに惹かれました。
でも真似して描き始めたらアボリジナルアートのドットを描いて少しずつ世界が出来上がるというのが生理的に自分にマッチしていて。それでやめられなくなって今に至ります。
米:ずっと一つのことをやり続けていくみたいなミニマルなことが好きなのかな?
M:そういうわけではないんですけど、点で絵を描くということに関しては楽しく続けられるんですよ。疲れますし首とか腰とか大変なことになりますけどね。
以前首の神経をおかしくしてお医者さんに「そんなアホなことはやめなさい」って言われたんですよ(笑)。
米:すごいね(笑)。作品のテーマはどう浮かんでくるの?
M:テーマから着想して絵を描くというよりは、私はビジュアルから入るタイプですね。手を動かしながら「あ、こういうものができた」っていうところをどんどん組み立てていくような描き方です。
米:じゃあインプロビゼーション的な要素が強いんだ?
M:そうだと思います。例えば「Untitled」は「パンダのパンチョ2」という絵がもとになっているんですけど、そっちは設計図に沿って制作したものなんです。
でもそれを設計図なしで描いたらどうなるんだろうと思って描いたのが「Untitled」。
パンダの時はキャラクターを作るような気持ちで名前や性格まで決めていたのが、「Untitled」はそこからもっと飛躍していろんな解釈ができる絵になった感じがして面白かったですね。
もはやパンダにすら見えないかもしれない、「Untitled」な生き物になったなと。
『設計図なしで描くと”より遠く”に行ける』
1枚目/「Unknown2」 アクリル、キャンバス 91×91cm 2022
2枚目/「Unknown3」 アクリル、キャンバス 91×91cm 2022
3枚目/「Unknown4」 アクリル、キャンバス 91×91cm 2022
米:設計図がある時はどんなふうに描いていたの?
M:下書きのスケッチがあって、どこにどんな色をこういうふうにこのくらいの面積で入れる、みたいにプランがあってその通りに書いていましたね。
どこに何を描かなければいけないのかがあらかじめわかっているのでずっと迷わず描き続けているような感じでした。
でも今のように設計図がない状態だと、少し描いて、描いたものを見て、という時間があります。
米:Momoさんはもともとデザイン科出身だし、設計図ありの描き方はデザイン畑から地続きな感じがあるね。「Untitled」は2023年の作品だけど、設計図なしで描くようになったのはけっこう最近なの?
M:そうですね。2011年の夏頃から半年間くらいかけて100号サイズの絵を描いたんですよ。そのキャンバスの中をドットで埋め尽くすっていう……(笑)。
その時も綿密な設計図を作った上でのことでした。でも描き切った後に「もうちょっといけたな」と思ったんですよね。
設計図があったことで自分にリミットを作ってしまっていたんじゃないか、と。逆にそのリミットを外したらどうなるのかな、という興味も湧きました。設計図なしで描いていこうと思ったのはそれからです。
米:設計図なしで描き始めた頃はどうだった?
M:最初はめちゃめちゃ怖かったです。手が動かないというか……。でも今は慣れて「スケッチがある方が無理!」という状態になりました。
設計図がない方がより遠くに行ける気がするんです。
米:この辺の色がこうで……とか決めずに描く感じ?
M:線がこのくらいのバランスで、こういう感じでキャンバスにおさまる、というようなスケッチはしてから描きますが色に関しては全く決めないです。
今描いているような動物っぽくもモンスターっぽくも見えるものを描くときはスケッチをしている段階で「なんとなくこういう色になるだろう」というイメージがあって、キャンバスの大きさと色がわかっているような状態ですね。やりだすとまたどんどん変わっていくんですけど……。
『ドットの面白さは視点で見え方が変わること』
1枚目/「Unknown5」 アクリル、キャンバス 91×91cm 2023
2枚目/「Unknown6」 アクリル、キャンバス 91×91cm 2023
米:絵の最終的なゴールっていうのは考えて描くの?
M:それはあまりないですね。ゴールというよりはその瞬間、瞬間に「もうちょっとこうした方がいいかな」と思ったことをすぐにやる、ということを大事にしているので。
そうやって描いていく中で、絵に「もう終わりだよ」と言われたり「もうちょっとここをこうした方がいいんじゃない」と言われるような感じです。
米:Momoさんはドットを使って何を表現したいと思っている?
M:まだ具体的に言語化できていない部分もあるんですけど、ドットって近くで見た時と離れて見た時で絵の見え方が変わるっていうのが楽しみの一つだと思います。
遠くから見たら何かしらの生き物っぽい形に見えるのが、近づいて見るとただのドットの集合体でしかないみたいな。そういう視点の違いというか錯覚というか……。
自分が思っている枠組みを変えると全然違って見えるというようなことをもしかしたら自分は言いたいのかな、と思っています。
米:「え、幻?!」みたいなね。
M:そうそう。「あれ、なんか見えたっぽいけど?!」みたいな。
普通に生活していてもそういうことを感じる時ってあると思うんです。例えば、建物が人間の顔に見えたり何かの集合体に見えたり。もう一度見るともうなくなっていたり。
そういう瞬間を描こうと能動的に試みているわけではないんですけど、自分のどこかにそういうことへの引っ掛かりがあってドットで表現しようとしているのかもしれないです。
米:「Untitled」もまさに、猫と見るかパンダと見るか、それを決めないで描いてどう決まっていくのか、というような無意識の意識が作品に現れているよね。
M:そうですね、自分でもびっくりします。「こんな絵ができた!」って。
米:シュルレアリスム的な自動書記みたいなものなのかな。
M:そうかもしれないですね。集中して描いていると眠くなってきて、それを我慢して描き続けていると、ものすごい集中ゾーンに入るんですよ。次から次へと手がバンバン動くような状態です。
それを”ゾーン”と呼ぶのかはわからないですけど、最近そういうのがあります。ヨガをやっている知人にその話をしたら「α波が出ている状態で絵を描くとそれが絵に宿るから見る人を癒す絵になる」と言われました。ちょっとスピリチュアルな話なんですけど(笑)。
米:アートにスピリチュアルさは大切ですよ。Momoさんの絵がただのデザインとは違うアート作品になっているのはそういう部分があるからかもしれないね。来年の2月には個展の予定もあるから楽しみにしています。
Yasumasa Yonehara
熊本県生まれ。『egg』を創刊したガールズカルチャーの第一人者で新たな才能の発掘を行うアートキュレーター。2023年には阪急メンズ東京7階に「DA.YO.NE.ギャラリー」を開きアーティストの発信をしている。
Momo
1988年千葉県生まれ。武蔵野美術大学基礎デザイン学科卒業。オーストラリア先住民が描くアボリジナルアートに魅了され、爪楊枝を使う独自のドットペインティングで作品を制作している。2024年2月に阪急メンズ東京7階「DA.YO.NE.ギャラリー」で個展開催予定。
取材・文 米原康正
編集 藤沢緑彩