約8千人の頂点に立ったフランクフルト空港勤務のグランドスタッフの素顔
「笑顔には、なにかを変える力がある」
「グランプリが決まった瞬間は、まるでオスカーを獲ったような、そんな気分でした」
ANAのグランドスタッフの制服に身を包んだ女性は、栄光の瞬間を笑顔でこう振り返った。
昨年12月1日。羽田空港にほど近い「コングレスクエア羽田」で、ANAの「第18回空港カスタマーサービススキルコンテスト」実技審査が開催され、国内外68の空港が参加。およそ8千名のグランドスタッフのなかから、予選を勝ち抜いた国内空港9名、海外空港3名の12名が出場した。
2008年から続く伝統あるコンテストは今回、審査基準が抜本的に見直された。これまで以上に「スキル」「知識」「思考力」を重視。また、オンラインチェックインや自動手荷物預け機などの“セルフサービス”が浸透するなか、第18回大会のテーマはズバリ「私たちはなぜここにいるのか~デジタル時代のサービスを考える~」。自動化が進む空港で、あえて“人がそこにいる意味”を問い直すものに。
そんな、新たに生まれ変わったコンテストで、栄えあるグランプリに輝いたのが冒頭のコメントの主、ANAドイツ支店・フランクフルト空港所のBaykutBuse(以下、ブセ)だ。
今回の「翼の流儀」の“舞台”はヨーロッパの巨大ハブ空港。ここで、旅客業務に粉骨砕身している新時代のグランドスタッフ、その“鏡”と呼べる存在になった女性が語る、多様化する旅客ニーズに対応する接遇スキルとは――。
トルコ出身で「日本の文化に感銘を受けていた」
現在、フランクフルト空港所に所属するブセはトルコ出身だ。
「私はイスタンブールで生まれました。イスタンブールの大学でドイツ語の勉強をしながら、パートタイムでイスタンブール空港のグランドハンドリングの会社で働き始めたのが、2015年です。仕事の内容は主にチェックイン業務。その仕事がとても気に入ったので、大学を出てからも続けたい、そう思うようになりました」
当初から接遇の才、その片鱗を発揮していたブセ。2017年、パートタイムからフルタイムで働くようになり、その後すぐにチーフのポジションまで上りつめた。
「フルタイムで働くようになってしばらくしたころ『日本の航空会社として初めてANAがイスタンブールに就航する』という話を耳にしました。就航が実現して、私が働けるポジションがあるのなら、ぜひ挑戦してみたい、そう考えました」
親日国として知られるトルコ。幼き日のブセも「日本の文化に感銘を受けていた」という。
「トルコでは学校で、よく日本が題材になるんです。『このシーン、日本ならきっとこうします』と、すごくポジティブな意味で紹介される。そういう環境で育ちましたから、日本という国をすごく身近に感じていたんです」
こうして、2020年――。ブセは日本の航空会社としてイスタンブールに初就航するANAに、キャリア入社を果たした。
しかし、彼女が入社したこの年、日本からイスタンブールへ“青い翼”が飛来することはなかった。新型コロナウイルスのパンデミックが、世界を襲ったのだ。
「私がANAに正式採用された日の、ちょうどその1週間後にパンデミックになったんです」
トルコで最初に新型コロナウイルス感染者が確認されたのは2020年3月11日。以後、彼女の国でも感染は急速に拡大した。
「就航したはずのANAでも、フライトは1便もなく、グランドスタッフの私も仕事がまったくない期間が長く続きました。そんななか、東京の本部からリクエストがあったんです。『キャビンクルー(客室乗務員、以下CA)やパイロットのための、トルコ文化を紹介する教育ビデオを作るように』と」
トルコでも多くの人が自宅待機をしているなか、ブセは“畑違い”の仕事、動画制作に奮闘した。
「撮影はもちろん、自宅にこもって動画の編集をしたり、素材に字幕やBGMをつけたり。全部、初めての経験でした。完成した1時間ほどのビデオは東京や、世界各地の空港に勤務している人、それにCAや乗務員と、多くの人たちに見てもらえたと思います。あ、そうそう、ビデオでは私自身、出演もしていました。いまでも、CAから声をかけられることがあるんです。『ビデオに出ていたブセさんですよね』って(笑)」
そして、コロナ禍終息前の2022年。現在の職場であるフランクフルト空港所に異動に。
「高校時代からずっとドイツ語を学んできましたから、ドイツで暮らすこと、働くことにも興味がありました。まだ、コロナ禍が明けてはいませんでしたが、ヨーロッパ内の“社内求人”の告知があって。『この機会に行ってみよう』と応募しました」
日本企業に入って気付いた他の航空会社との違い

元来、航空業界で働いていたブセ。だが、ANAへの転職当初は「違い」を痛感したという。
「小さなことへの“気づき”、そこに大きな違いを感じました。他の航空会社であれば、お客様の反応を見てから、私たちスタッフは何らかの策を講じ、動くというのがほとんどです。でも、ANAでは、そこを予測するんです。お客様がどんな反応を見せるか、あらかじめ考えて動くことが求められる。日本企業ですから、そういったこともあるだろうとは思っていましたが、『ここまで徹底しているのか』と、最初は驚きました。当初は『おもてなし』という言葉も知りませんでしたが、この気づき、予測こそが、おもてなしの基本なのだと思い知りました」
現在、「スーパーバイザー」を務めるブセは、巨大な空港ターミナルで日々、文字通り奔走している。到着客の出迎え、返却手荷物の確認、荷物の破損など不測の事態が発生すれば、スーパーバイザーとしてその都度、判断が求められる。到着便の業務がひと段落つくと、今度はすぐ出発便の対応。搭乗客のチェックイン、CAとのブリーフィング、ゲートでの見送り、さらには機内清掃や機内食のケータリングを担う現地の協力企業との確認作業まで。

そんな、目の回るほど多忙な毎日で、どんなところに気を配っているかを尋ねると「もっとも配慮するのは、もちろん安全運航」と前置きしながら、ブセはこう続けた。
「そして、常に心がけていること、それは笑顔です。私たち地上係員というのは、空港でお客様が最初にコンタクトをとる接点。その印象はとても重要ですし、笑顔というのは、なにかを変える力があると信じているんです。お困りごとを抱えていらしたとしても、少しでも安心していただけるよう、それぞれのお客様に笑顔で寄り添いたいと思っています」
「笑顔」を大切にして、難しい場面も乗り越えた
実際、笑顔が力を発揮した例はいくつもあった。
「ある日、泣きながらチェックインカウンターに来たオーストラリア人の女性がいました。ヨーロッパの別の街からフランクフルト経由で東京、さらにはその先、シドニーへという旅程だったのですが、他社便が遅延したため、東京行きのフライトに乗り継げなかった。私はとても心配になり、まずは彼女の事情を詳しく聞くことにしました」
そのときも、ブセの顔にはいつもと同じ、柔らかで温かな笑みがたたえられていた。
「彼女の心配を少しでも和らげてあげたい一心でした。私が笑顔でいれば、彼女ももう泣かなくていいと分かってくれると思ったからです。やがて、彼女は落ち着きを取り戻し、私たちが用意した別のフライトで無事、旅行を続けることができました。後日、たくさんのお礼の言葉が綴られたお手紙が届きました。私のキャリアのなかでも、とくに印象深い、嬉しい思い出です」

フランクフルト空港の勤務を始めて、まだ4年ほど。だが、上長の八内直博が「あんなことは、彼女にしか成し得なかったのでは」と振り返る“逸話”も、すでにブセは残している。
それは2023年の春。使用する飛行機の不具合から、多くのビジネスクラスの座席が使用できなくなったときだった。ブセ本人は次のように述懐した。
「14人のビジネスクラスのお客様に、クラス変更を伴う座席調整への協力をお願いしなければならなかった。それも、限られた時間内に。というのも、フランクフルト空港には離着陸時間の“門限”があるんです。それを1分でも過ぎてしまうと、200名ものお客様が乗られた便が大幅遅延し翌日の出発になってしまう。私は焦る気持ちを抑えながら、ビジネスクラスのお客様一人ひとりに誠実に交渉を重ねて、なんとか14人全員に、時間内に座席の変更をご納得いただけました。今でも、あの時のお客様にはご無理をお願いしたことを申し訳なく思っています」
前出の八内が言葉を継いだ。
「このエピソードは、いまも社内で語りぐさに。『不可能とも思えることをやり遂げ、無事に便を出発させたブセ』と、ANAのヨーロッパ地区でも彼女はちょっとした有名人。フランクフルト空港所が誇る逸材です」
その逸材が、満を持して臨んだのが、昨年末のカスタマースキルコンテストだった。
「初めての挑戦でしたが、日ごろの業務自体を準備と考え、とくにコンテストに向けて何かをしたということはありません。それでも、オンラインの予選を通過しファイナルに残れたことが、まずは嬉しかったです。ヨーロッパからの参加者で最終審査に残ることができたのは自分だけでしたから。ただ、東京到着後は、時差ボケと興奮とで睡眠不足のまま、本番を迎えることになりました」
新機軸を打ち出したコンテスト。実技審査では従来の一対一の接遇ではなく、複数人の客に同時に囲まれるというシナリオを採用。重圧のかかるシーンでも的確で高いスキルが求められるなか、ブセはいつもどおり、笑顔で接遇にあたった。
「審査では3人のお客様に囲まれ矢継ぎ早に質問を受けましたが……、イレギュラーな状況はフランクフルトで何度も経験していますから、比較的リラックスして対応できました。また、これもいつも通りのことですが、お客様から聞かれる前に予測し、先回りして対応することを心がけました。そういったことがグランプリ獲得の勝因かもしれません」
入社後に培った予測する動き、そして持ち前の笑顔が、ここでも彼女の力になったのだ。
ANAの国内外およそ8千名のグランドスタッフの頂点に立ったブセ。最後に、これからの目標を尋ねると、もう一度、にっこりと微笑んでこう答えた。
「今後も自分のスキルを磨き続けていきたい。そのうえで、できるなら羽田空港や成田空港で働いてみたいんです」
近い将来、この笑顔に日本で出会える日が来るのかもしれない。
撮影 須藤明子
取材・文 仲本剛
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