福島・浪江町 馬と育てる復興のニンニク畑 土と郷土の味を取り戻す
馬たちがニンニク畑を救ってくれた……
被災地・浪江町の記憶をひとつずつ繋げていく農家・吉田さやかさん
吉田さやかさんが避難先の福島市から浪江町に戻ってきたのは’20年。そこで始めたのは、今まで全く取り組んだことのない農業、しかもニンニクの栽培だった。なぜか?

祖父祖母の代は米農家だった吉田家。武将・平将門の軍事訓練をルーツとする伝統的な神事・相馬野馬追に、毎年馬主として参加してきた。だから、さやかさんが子どもの頃も自宅裏の厩舎で馬を飼育していた。野馬追の時期になると験担ぎで「勝つ男(カツオ)」を食べるのがならわしだった。


かつて浪江が誇る漁港・請戸港ではカツオが水揚げされ、よく刺身をニンニク醤油で食べていた――そんな思い出を次の世代にも伝えたい。野馬追の馬の馬糞を堆肥にして育ったニンニクで、請戸港の美味しい魚を味わってほしい。最近であれば、柚子胡椒と練り合わせた黒ニンニクでいただくヒラメが最高だ。


浪江町の除染は’18年に完了し避難指示が解除されたが、吉田さんの農地の多くは約10センチの厚さで土を削り取る剥ぎ取り除染だった。そこには新たに土が入ったが、野菜作りに適した土になるまで土壌改良は欠かせなかった。
そこで活躍したのが馬糞堆肥だ。餌である牧草と馬房の敷料のおがくずが発酵され堆肥になるため、植物性繊維質にあふれている。土壌微生物が集まり、活発に活動してくれるので、畑の土がどんどんふかふかになる。馬と共生しながら、美味しいカツオをニンニクで味わう――取り戻したい郷土の暮らしと、そのための条件が、いつの間にか点と点で繋がっていった。

最近は東京農大をはじめ、さまざまな支援や協力もあって、事業は順調だが、彼女は、その先も見据える。
「うちはもともと米農家。ゆくゆくはお米も作らないといけないですね……(笑)」。復興は道半ば。土が循環するように、人々の流れや営みも循環していく日を目指している。
福島の復興は道半ば
東京電力福島第一原子力発電所の事故から15年。除染等が実施され、復興の歩みが進んでいる。福島県内の除染等により生じた土壌(除去土壌)等は、現在約1400万㎥(東京ドーム11杯分)。この大量の土壌等は、大熊町・双葉町の中間貯蔵施設に保管され、’45年3月までに福島県外で最終処分を完了するために必要な措置を講ずることが法律に規定されている。

同施設は、地元の皆様が、先祖代々の土地などを大変重い決断で、国に提供したことにより整備が進められた。保管されている除去土壌の約4分の3は、資材として安全に利用できるものであり、「復興再生土」として公共事業等で活用し、最終処分の量を減らすことが鍵とされている。昨年には、総理大臣官邸の前庭や中央官庁の花壇等で初めて復興再生土の利用(復興再生利用)が行われた。


福島の復興はまだ道半ば。環境再生への取組については、様々な情報発信が実施されている。福島の復興に関心を寄せてはどうか。


撮影 吉澤健太
取材・文 川原田朝雄
復興再生利用について
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