フヤラの音色に耳を澄ます 羊飼いたちの山麓へ
中欧の要衝として、さまざまな文化の影響が重なり合ってきた歴史を持つスロバキア。日本からの直行便が発着するウィーンからわずか1時間程度で足を延ばせる好立地にありながら、この国には素朴で端正な街並みと、澄んだ空や大地がどこまでも広がっている。この地の文化の成り立ちに大きく関係し今も受け継がれている、羊飼いたちの営みから生まれた素朴で力強い精神性とは。
草原に育まれた、羊飼いたちの知恵
スロバキアの民話や伝承に欠かせない存在が、羊飼い。伝統文化の多くが彼らの山岳生活に由来しているといい、“この国らしさ”の象徴のひとつとして親しまれているのだ。


特に中部の山麓では、その気風を色濃く受け継ぐ人々に出会うことができる。ヨゼフ・ズヴァラさんの農場では、国民食であるブリンザという羊のチーズを製造。「このチーズは“白い金”と称される国の宝。栄養価が高く腸内環境にもよい健康食として愛されていますよ」とヨゼフさん。
7歳の頃から羊を放牧してきたといい、伝統衣装を身につけて撮影に応じてくれた。「先祖代々が根を下ろす美しいこの土地で生きていくことこそが、私にとって何より価値のあること」と語る。
Farma Zlatý Vŕšok
https://www.zlatyvrsok.sk
細やかな技が支える誇り高き装い

羊革を用いた伝統衣装から金属加工までを幅広く手掛けるシュテファン・フケリさんや、ユネスコの無形文化遺産に登録される伝統楽器であるフヤラの制作に取り組むミラン・コリステクさんも、自分たちのルーツへの誇りと、伝統に対する敬意に突き動かされ今があるという。

羊革のジャケットやベルトから羊毛でできた帽子、繊細な彫刻が入った斧まで、多彩な仕事をひとりでマルチにこなすシュテファンさんは、伝統工芸の継承への幅広い功績がさまざまな機関から称えられる熟練職人だ。
石工やレストランのウェイターとして働いた15年間のイタリア生活ののち帰国し、48歳にして大学で民俗学を修め、今に至る。
「海外生活も経験しましたが、魅力ある生まれ育ったスロバキアが恋しくなり戻ってきました。ここが祖国、この景色が自分の家なのです」
Štefan Hukel
風に乗り響く、深遠なる音色


舞踊や音楽がコミュニティにとって大きな役割を果たすスロバキアにおいて、ミランさん父子が従事するフヤラもまた重要な意味を持つ。
約2mにも及ぶ木製の笛は、豊かな音が層をなし重なる倍音を奏でる構造。その音色は山の向こうまで響きわたっていきそうなほど太く深く、しかしどこか静けさのある瞑想的な音質だ。
「フヤラからは単なる楽器を超え、古代より連綿と続く私たちの文化に根ざした価値観を感じます。それはすなわち力強くも謙虚な、自然との親密さといえるでしょう」

大自然に抱かれ自らの出自に想いを馳せて感謝を捧げる営みの中に、かけがえのない豊かさが息づいている。
Milan Koristek
写真 伊達直人
コーディネーション ヴィツィアン邦子
取材・文・編集 山下美咲
<スロバキアへの翼>
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