フィリピンは“美食の国”へ ガストロノミー黎明期を支えた立役者の姿
豊かな海と大地、そして多種多様な文化の交差が育んだフィリピンの味覚が、今、鮮烈な進化を遂げている。食体験を磨きあげてきたのは、歴史の中に埋もれていた固有の味わいを見出す作業と、誇り高きルーツの再解釈。ミシュラン上陸を追い風に世界の美食シーンへと躍り出た、新たな潮流の最前線に迫る。
フィリピン美食界に夜明けを告げた先駆者たち

25年10月、フィリピンで長年の悲願だった「ミシュランガイド」がついに上陸した。ライブ配信された授賞式の模様を、国内だけでなく、出稼ぎのために海外に滞在中の多くのフィリピン人も固唾をのんで見守った。会場は熱狂と興奮、笑顔と涙と抱擁に満ち、ボルテージは最高潮に達した。それは世界のガストロノミー先進国といわれ市場が成熟した日本では、もはや見ることができない光景だ。
自国の文化に誇りを持つ。そこから変革が始まった

フィリピンの美食事情は、ここ十数年で大きく様変わりした。国際レベルのファインダイニング文化を最初にフィリピンに伝えたのが、『ギャラリー バイ チェレ』(一つ星)を率いるスペイン出身のチェレ・ゴンザレス。料理人として素晴らしい経歴を重ね、惜しまれながらも、フィリピンの可能性に惹かれて移住した。

当時は、少量多皿のコース料理や、数時間をレストランで過ごすといったファインダイニング文化がまだ浸透していなかった。また「あの頃のお客様は、地元の食材より輸入食材を喜ぶ傾向がありました」と彼は言う。それでも食という“日常茶飯事”に過ぎなかったものを外部の視点から美しく解釈し、時にフィリピン人のノスタルジーさえ呼び覚ました技術力と表現力は評判を呼び、美食への意識を変えていった。


Gallery By Chele
https://gallerybychele.com

いわば黒船来航。この洗礼を受けて国民的スターが誕生する。『トーヨー イータリー』(一つ星)のジョルディ・ナヴァラだ。北欧など世界最先端のガストロノミー界で頭角を現した彼は、それまで定石とされていた国外での出店ではなく、母国での出店を決意した。

郷土料理や伝統料理を丁寧にひもとき、優れた国際感覚で現代的に再構築した料理は、フィリピン人には誇りとなり、外国人には鮮烈な驚きをもたらした。
「フィリピン料理を、世界で評価される舞台にのせたい」と、各種レストラン賞など国際交流の場にも積極的に参加。フィリピンの美食シーンのシンボルとして、親善大使のような役割を長年にわたり無償で務めてきた。アジアの手食(てしょく)文化をガストロノミーに高めた「カマヤン」は、他ではできない体験として旅行者にも人気だ。

Toyo Eatery
https://toyoeatery.com
ジョルディらとともに黎明期を率いてきたのが、唯一の二つ星に輝いた『ヘルム』のジョシュ・ボートウッド。イギリス人とフィリピン人を両親に持ち、スペインで育った彼は「半分フィリピン、半分グローバルな自分らしい視点」から生まれる独創性が持ち味だ。


映画のワンシーンやストリートカルチャーから得たインスピレーションを料理で表現するなど、フィリピンのフードシーンの幅を広げ、国際競争力を高めてきた。
彼ならではの美意識と教養の高さが相まって、店舗デザイン、メニューブック、カラーチャートとリンクしたソースの色遣いなど、その料理は単なるおいしさを超越。食体験を、五感を刺激するアートとして提供している。

Helm
https://www.joshboutwood.net/restaurants/helm
フィリピンとアジアを繋ぐ、フィリピン美食界の“母”

上記でお伝えした“フィリピン美食界の第一世代”というべき先駆者たちが、母のように慕った女性料理人がいた。25年2月に死去した故マルガリータ・フォレスは、フィリピン料理界の草分け的存在。16年にはアジア全域が対象となる「アジアのベスト50レストラン」というレストラン賞で「アジアの最優秀女性シェフ賞」を受賞している。
フィリピンの伝統料理や優れた食材に光を当て、イタリアンの要素をかけ合わせて誰もが食べやすい料理に仕上げた大人気店の『グレイス パーク』をはじめ、数々のレストランを手がけ、外食文化の裾野を広げていった。
とりわけフィリピンの伝統料理であり、お祝いの席などで振る舞われる特別な「レチョン(豚の丸焼き)」を独自にアレンジした「ガイタ(マルガリータの愛称)のレチョン」は、アジア中のスターシェフが「一度は食べたい」と願う憧れのメニューだった。
国内では、ガストロノミーが花開く下地づくりに東奔西走する一方、フィリピン料理を世界の舞台にのせるため、UN Tourism(国連世界観光機関)のガストロノミーツーリズム大使を務めるなど、国際的にも活躍。世界各地で開催される料理界のさまざまな授賞式や学会に参加し、シェフ同士の交流やメディア対応へ積極的に取り組んだ。
親日家としても知られ、ミシュラン二つ星を獲得したフレンチレストラン『フロリレージュ』のオーナーシェフである川手寛康や、同じく二つ星の日本料理店『傳』料理長の長谷川在佑をはじめ、日本のトップシェフたちにも母のようなおおらかな優しさで親しまれた。
また、女性シェフの立場を守るために国や世代を超えた繋がりを呼びかけ、アジアの女性シェフ全体をサポートした功績もある。
そんなマルガリータの突然の訃報は、世界のガストロノミー界に衝撃を与えた。それを受け、「アジアのベスト50レストラン」は25年の「アイコン賞」に彼女を選出。アワードには、マルガリータを慕った多くのシェフが、彼女のポートレートをプリントしたバッジを胸につけて参列した。
料理人人生の集大成となるであろう、自身の名を冠したファインダイニング『マルガリータ フォレス』のオープンを前にした突然の逝去。彼女の思いは息子のアマド・フォレスにしっかりと受け継がれた。
アマドは、世界の「60 トップ ピッツァ」にも選ばれた本格イタリアンレストランの『ア マーノ』をはじめ、ステーキハウスやラーメン店など手が届きやすいレストランを多角的に展開。一般市民の食生活をより豊かにする活動に打ち込んでいる。
マルガリータ・フォレスが長い時間と情熱をかけてまき続けたたくさんの種が、いまフィリピンで、そしてアジアで花開き、実を結んでいる。
写真 松園多聞
文 江藤詩文(Shifumy)
編集協力 フィリピン観光省
編集 山下美咲
<フィリピンへの翼>
フィリピンの航空券やホテル、ツアーを探す
フィリピンのアクティビティ一覧を確認する
マイルが貯まる・使える!ANAワールドホテル・ANAワールドレンタカーはこちら
翼の王国のアンケートにぜひご協力ください。
抽選で当選した方にプレゼントを差し上げます。