国境の島・対馬 石に刻まれた海峡の記憶
九州の北、日本と朝鮮半島を結ぶ海峡に浮かぶ長崎・対馬。晴れた日には海の向こうに韓国・釜山の街景がにじむ国境の島だ――。人や文化を迎え入れ、ときに国防の最前線にも立ったこの島には、交流と緊張の歴史が幾重にも積み重なっている。1600万年以上前の地層から神社や砲台跡まで。島を形づくる石を辿れば、海峡が運んだ交流と緊張の歴史が静かに浮かび上がる。
石の記憶を辿る 国境の島 対馬

九州の北、玄界灘に浮かぶ長崎・対馬。晴れた日には海の向こうに韓国・釜山(プサン)の街景がにじむ、「国境の島」だ。対馬は長い歴史の中で、海とともに暮らし、海を渡る人や文化を受け止めながら、数々の境界をつないできた。対馬を歩くと、ふと足元に目が留まる。そこには、1600万年以上前の海が遺した地層が眠る。島を形づくる石は、人々の暮らしに溶け込み、国境を生きる対馬人の時間と記憶を、積み重ねてきた。
海峡が運んだ光と影
対馬は日本本土と朝鮮半島の間に浮かぶ「国境の島」。古くから海を渡る人や文化が行き交い、交易や外交の窓口として栄え、国防の最前線でもあった。
「韓国展望所」から目を凝らせば、海の向こうに釜山の街景が浮かぶ。国境の島であることを実感した。国の行く末を担った島であることを物語るかのように、浅茅(あそう)湾に佇(たたず)む「和多都美神社(わたづみじんじゃ)」には、ときに荒れ狂う対馬海峡に海の安全を願う信仰が語り継がれている。
明治以降はロシアの南下政策に備え、数々の砲台が築かれた。やがて島は軍事の要衝としての役割を担い、石やレンガで造られた遺構は今も各地に残されている。海は人や文化を運び、時に戦火も運んだ。
ヒヤリとする砲台跡を歩けば、かつての情景が瞼(まぶた)の裏に滲(にじ)むようだ。その記憶ごと、対馬人は今もこの島と生きている。
撮影 Bourbon
コーディネート おだち(あつかんDRAGON)
取材・文・編集 中野桜子
<長崎への翼>
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