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M-1功労者と映画監督が教える “普通の大阪” が味わえる穴場な観光地

M-1功労者と映画監督が教える “普通の大阪” が味わえる穴場な観光地

TRAVEL 2024.05 大阪特集

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生粋の大阪人で花人の赤井勝さんがナビゲートする「古くて新しい、本当の大阪」を知るための、出会いを味わう旅――。

案内人が訪ねたのは、いまや“年末の風物詩”となった「M-1グランプリ」を支える、朝日放送テレビのプロデューサー・桒山哲治さん。そして、大阪生まれの映画監督・小林聖太郎さん。

M-1“影の功労者”が語る「ニン」を大切にする大阪

赤井:私はお笑いも大好きで。大阪には昔から、東京とは違ったお笑いの文化があると思ってるんです。

桒山:そうですね。

赤井:その、大阪のお笑いの現場をつぶさにずっと見続けてきて、しかも、いまでは年末の国民的イベントにまでなった「M-1グランプリ」を支えてきた桒山さんに、ぜひ、大阪のお笑いについてお聞きしたかったんです。

桒山:ありがとうございます。

赤井:でも、聞くところによるとM-1って、12月の決勝がものすごく注目されますけど。桒山さんたちは、決勝が終わった瞬間、もうすぐ次の大会に向けた準備に入ると?

桒山:そうなんです。

赤井:今回、岸和田の地車を作る工務店の棟梁にもお話をうかがったんですが、同じなんです。彼らも祭の本番終えたら、もう次の日には反省会をやって、翌年の祭の準備に入るんです。

桒山:同じですね。たしかにM-1グランプリも、いちばんの山場が決勝というだけであって。私たちはずっと芸人さんと向き合い続けているというか。もちろん、番組を作るかたわらで、ですけど。劇場にこまめに足を運んで、ネタを見て、そして芸人さんたちと語らって。いま誰が勢いがあるか、どんなネタが受けているのかを、年間を通してずーっとやってますね。

赤井:そういうきめ細かな桒山さんたちの努力の結晶が、年末の決勝の盛り上がりになるんですね。

桒山:きめ細かいかは分かりませんが(苦笑)。でも、芸人さんに対してのリスペクトは持っているつもりです。それはもう、代々、先輩からも教わってきたことで。常に「この芸人さんの良さは、どんなところなのか」と考えながら、その良さを引き出そう、引き出そうとします。ごく稀にですけど、芸人さんたちから「M-1のスタッフは、芸人思いですよね」と言われることがあるんですが、そういうふうに受け止めてくれてる芸人さんがいるのは、ほんとに嬉しいんです。

赤井:私自身は、花に助けられ、人に助けられてきたと思っているので「花人」と自称していますが、桒山さんはまさに、芸人さんに助けられてるという思いがあるんですね?

桒山:それは、本当にそうです。私は最近は、東京の番組制作にも携わっているのですが、大阪であんなに「芸人さんによる、芸人さんのための……」と芸人さんメインの発想で番組を作ってきた身としては、少々驚いています。東京の番組では、俳優さんがいて、ミュージシャンがいて、そこに芸人さんがまるで脇役のような役回りでいる。それが、正直ものすごく驚きでした。

赤井:なるほど。ま、大阪にいるのは芸能人じゃなく、ほぼ芸人さんしかおりませんもんね(笑)。

互いの意見を尊重しつつもぶつけ合う大阪、それが漫才の原点

桒山:大阪と東京、両方の番組制作に携わってきて感じるのは、大阪というのは、より個を許容する文化があるのかな、ということです。例えば企画会議の席などでも、東京では「上司がこんなこと考えてそうだから、自分はこのぐらいのことを言っておこう」という空気を感じるんです。でも、大阪は「お互い、好きなこと言い合いましょう」と。そういう関係性が成り立つというか。「僕がこんなこと言ったら邪魔かな」ではなくて、「互いに好きに行こう、そんでええよね」というのが大阪にはあるように思います。

赤井:すごくわかります。食べ物について知り合いと話していても。大阪だったら「僕はこの店のラーメンが好き」と言えば、言われたほうは「え、あそこは辛すぎない?」とか「あ、私も好き」とか。そうやってお互いの好みを言い合う、言葉のキャッチボールが成立するんですけど。東京で同じように「どこそこのラーメンが好き」と言うと「あ、そうなんだ〜」という返答がすごく多いんですよ。これ、困りますよ。「え、あなたの意見はどうなん?」と毎度、思うんですよ。

桒山:ありますね。声が大きい人の意見に合わされてしまうというか、受け流されてしまうというか。

赤井:そうなんです。それぞれ意見をぶつけ合おうよ、そうやって会話を広げようよって思うんですけど。なんか、そうしないことが美徳と思われているのか。

桒山:その、意見のぶつけ合いがボケとツッコミにも繋がってるんですよね。かたや、おかしなことを言う人がいて、その妙な意見を「お前、なに言ってんねん!」と常識的な意見を返す人がいて。漫才文化の原点は、互いに好き勝手言い合うことにあると思いますよ。

赤井:なるほど、そういうことですよね。

桒山:制作現場でも、大阪はみんな勝手に意見を言い合うから、パッと見はみんなのベクトルがあっちゃこっちゃ向いててガチャガチャなんですけど、少し遠くから見ると、ちゃんと一丸となってるというか。いっぽう、東京ではみんなが空気を読み合いながら、じわじわと進めていく、といった感じですかね。

赤井:それで、家帰ってから「あの人とは合わへんな」みたいなね(笑)。いっぽう、それが大阪では、さんざん好き勝手なこと言ってた人が、最後の最後に「よう知らんけど」と付け加える。「あくまで個人的見解ですよ」と(笑)。

桒山:その「知らんけど」は最近、すっかり全国区になりましたよね(笑)。大阪の芸人さん発の言い回しでも、いまや一般の人も使うようになった言葉も少なくない。「ノリツッコミ」なんて、もともとは芸人さんたちの業界用語だったものが、一般の人たちの日常会話に出てくるようになりましたし。「スベリ笑い」なんて言葉も、最近はよく使われているようです。

赤井:そうですよね。

桒山:そのスベリ笑いですが、私は常々、とってもサステナブルな発想だなと思ってるんです。劇場やスタジオでスベッたとしても「なんで皆、黙っとんねん!」の一言で笑わせる。そういう現場を目の当たりにしてると「大阪の笑いは捨てるとこ、ほんまないな〜」と思います。どんなに冷えた空気でも、笑いに変えるというか。それはもう、勿体無いの精神ですよね(笑)。

赤井:でも、食べ物もそうじゃないですか。大阪人はホルモンも大好きですし。なんでも無駄にしない、大切にする、そんな気風が大阪人にはあるんですよ。

桒山:ほんと、そう思いますね。それと、これまた、もとは芸人さんの業界用語かもしれませんが、大阪では「ニン」という言葉をよく使います。まったく同じネタでも、コンビが違えば面白くなったり、そうでなかったり。同じコンビでも年齢を重ねたら急に面白くなったり。そんなとき、大阪では「ニンがある、ない」と。この人がやるからこのネタは面白い、という場合は「ニンが出てるな」という具合に使うんです。

赤井:わかります。それ、私も時折、使いますよ。なにか仕事のオファーをもらったとき、ブランドや予算じゃなく、関わる人を見て決めるときなど、判断基準として「ニンがあるから」という言い方をすることがあります。

桒山:料理屋さんなんかに再訪するときもそうですよね。もちろん美味しいから、また食べにいくんですが、美味しいだけじゃなく、その店の大将が好きだから、大将が作る料理だから食べに行きたいと。そういう感覚をより大切にしているのが、大阪という町なのかな、と思いますね。

等身大の大阪を描く、大阪出身の映画監督

赤井:全国の人が抱く大阪の偏ったイメージに触れるたび、大阪で生まれ育った私は、違和感というのか、「たしかに、それも大阪なんやけど……」という思いにかられてまして。それで、大阪を舞台に映画を撮ってきた小林監督とともに、「本当の大阪ってこうですよね」というお話をさせていただきたいと思っています。

小林:大阪のイメージですよねぇ。新喜劇に、粉もんにっていう(苦笑)。

赤井:そうです。あとは、「看板やたら大きくて、みんな動いてんのやろ」っていうイメージですとか(笑)。

小林:はい。「大阪のおばちゃん、みなさん飴を持ってて、くれるんですか?」とかね。あれなんて、テレビによって拡大再生産、されてますよね。そういう番組を見たおばちゃんたちが「あ、飴ちゃん持っとかなあかんのちゃうか」って言って、飴を持参するようになってる(笑)。いやいや、もちろんそんな人もいるんでしょうけど。なんか、マッチポンプと言うんか……。

赤井:そうそう。ある意味、おばちゃんたちの責任感ですよね。

小林:サービス精神ですよね(笑)。でも、本当に私自身、テレビを中心としたメディアが流す「ザ・大阪」というものには、違和感がありました。それこそ、大人気の吉本興業の芸人さんたちには、大阪以外の出身の人も多いですし、彼ら彼女らが話す言葉は、決して大阪弁ではないものも少なくない。私は「まっちゃまち」(大阪市旧東区松屋町)で育ったんですが、商いの町・船場の香りがホワンとするような住宅街で。東京や全国の人が抱くガチャガチャしたイメージとはほど遠い町の空気があったと思っているんです。

赤井:私のなかの大阪も、そっちなんです。だから、世間の人たちの大阪に対するイメージに、すごい違和感があった。

小林:そうですよね。なんか、東の人たちが持ってる大阪って割に一色なんですけど。当たり前ですけど、決してそんなことはなくて。それこそ泉州、河内、北河内、摂津と旧国があって、それだけでもだいぶ違うし、そこに階層やそれぞれの文化もあって。大阪弁一つとっても、微妙に違う。だから、本当にその人ごとの大阪が、それぞれの人の「これが自分の考える大阪や!」いうんが、あるんですよ。私は大阪舞台に映画を2本、テレビも含めると3〜4本作品を撮りましたけど。どれだけ完璧に大阪弁のセリフで描いても、「あそこのセリフが変やった」と言う人が必ず出てくるんですよ。舞台は大阪で、大阪の俳優さん使って、大阪出身のシナリオライターが脚本書いて、大阪の監督が演出してるのに「違う!」と(笑)。それはもうね、「なにが正しいねん!」と言いたくなりますよ。

赤井:そうそう、みながみな、自分の大阪があるんですよね。

小林:そうなんです。それで、余計にややこしいのが、その「自分の大阪」を「本当の大阪」と言い張り、声を大にして口に出す人が多いんですよ、大阪って。自他の境があやふやと言うのか(笑)。ま、こういう私も、いち観客のときは文句言ってました。「あんなん大阪弁ちゃう!」とかね。作品名は言いませんが、昔はとくに、そのへん厳密じゃない映画も少なくなかったから。

赤井:ありましたよね(笑)。でも、映画やドラマって方言指導の人がいますよね?

小林:いるんですけど、そういう役回りって、その地元出身でスケジュールに余裕のある俳優がすることも少なくないんですよ。そんな方言指導の人が、大スター相手に何度も何度もダメ出しって……そうそうできるもんじゃないですからね。

赤井:なるほど。ところで小林監督は作品を撮るにあたって、舞台を大阪にしたいというこだわりがあるんですか?

小林:いえ、そういうこだわりはありません。大阪以外にも面白いなと思う場所はありますから。ただ、雑な形で大阪が描かれてる作品を見ると、残念には思います。「ザ・大阪」と言わんばかりに、グリコの前でなんか撮って、つまみ食いして、豹柄のおばちゃんが出てきて、みたいなのは、自分としてはもう見たくないなと。

赤井:私もそうです。なんか、それを見せられると、気持ちが引いてしまうというか、冷めるというか。映画の物語が素直に頭に入ってこなくなりますよね。

小林:もっと普通の、人間が生きている大阪を描いてよ、と思ってしまいますよね。

赤井:今回、「翼の王国」の特集なんですが。監督の話すその「普通の大阪」を味わえる、おすすめのスポット、ありますか?

小林:普通の大阪……、そうですね、商店街を歩いていただくのがいいかな、と思います。それこそ、日本一長いアーケード商店街と言われている「天神橋筋商店街」とか。たとえ買い物をしなくても、歩いてみるだけで楽しいと思います。なにがあるってわけじゃないんですけど、活気があって、なにより、そこにいる人たちが面白い。売り手、買い手の関係を超えた、人と人との交流が楽しめるはずです。

「少々ベタですが、さまざまな個性がぶつかり合ってる道頓堀のワチャワチャ感は、じつに大阪らしいと思います」と桒山さん。なかでも、桒山さんのオススメは芸人とのロケにもよく使う老舗喫茶店。

純喫茶アメリカン

大阪府大阪市中央区道頓堀1-7-4

https://www.junkissa-american.com

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「近い将来、上方落語四天王の青春時代の映画を撮りたい」と話す小林さん。「上方落語の定席で、その魅力に触れてもらいたら。それに天神橋筋商店街も近いので、ここを起点に歩き出してもいいと思います」(小林さん)

天満天神繁昌亭

大阪府大阪市北区天神橋2-1-34

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「みんぱく」の愛称で親しまれる博物館。「世界の土俗的な文化を紹介している博物館。その見せ方が本当に素晴らしいんです」(小林さん)

国立民族学博物館

大阪府吹田市千里万博公園10-1

https://www.minpaku.ac.jp

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小林さんは 2006 年、この劇場の復活を記念した映画『かぞくのひけつ』で、劇場公開作の監督デビューを果たした。

第七藝術劇場

大阪府大阪市淀川区十三本町 1-7-27 サンポードシティ 6F

http://www.nanagei.com/

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案内人:赤井勝

65年、大阪府生まれ。花を通じ心を伝える自らを「花人」と称し、自身の飾る花を「装花」と呼ぶ。08年、北海道洞爺湖サミット会場を花で飾り、09年、ローマ法王ベネディクト16世にブーケを献上。13年、伊勢神宮式年遷宮では献花奉納し、17年、フランスのルーブル王宮内パリ装飾芸術美術館で開催の「JAPAN PRESENTATION in PARIS」でも桜の装花を担当。

写真 秋倉康介
編集 仲本剛

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