滋賀・針江「かばた」の水文化 未来へつなぐ豊かな暮らし
豊かな暮らしとは、自然の恵みを大切に受け取り、次の世代へとつないでいくことなのかもしれない。滋賀県高島市・針江では、比良山系から湧き出る清らかな生水(しょうず)が「かばた」を巡り、人々の暮らしを今も支えている。
飲み水として、台所として、そして地域を結ぶ水として受け継がれてきた知恵は、琵琶湖へと注ぐ水の流れとともに、近江ならではの豊かな水文化を育んできた。その一滴をたどれば、水とともに生きる人々の物語が見えてくる。
水と生きる近江、「かばた」のある暮らし

比良山系に降った雨や雪は、長い時間をかけて地中へしみ込み、やがて伏流水となって近江(おうみ)の大地に湧き出す。滋賀県高島市・針江では、その湧水(ゆうすい)を「生水」と呼び、人々は今も暮らしの中で大切に使い続けている。
野菜を洗い、果物を冷やし、飲み水としていただく。水は単なる資源ではなく、人々の営みそのものだ。その豊かな水は、田畑を潤し、酒を醸し、発酵文化を育み、やがて琵琶湖へと注ぐ。さらに湖は、人や物、文化を運ぶ道となり、近江の歴史を支えてきた。暮らしも、食も、風景も、歴史も、水とともにある。水をたどれば、「水の国・近江」の物語が見えてくる。
暮らしの中を、水が流れる

集落を歩くと、水路の底からふつふつと水が湧き、梅花藻(ばいかも)が揺れ、澄んだ流れの中を魚が行き交う。針江大川を流れる水の7割は、この地域で湧き出した水だという。家々の軒先に設えられた「かばた(川端)」から流れ出た水も集まり、やがて2キロほど先で琵琶湖へと注ぐ。
「水は宝ですよ」
そう話すのは、生水の郷(さと)を案内してくれた前田啓子さんだ。一見すると昔ながらの生活文化のようだが、前田さんは「便利だから使うんです」と笑う。湧水は今も飲み水として使われ、食材を冷やし、暮らしを支えている。
かつて、この水は生活の道でもあった。人々は船で田んぼに向かい、荷物を運んだ。集落の暮らしは、水路とともにあったのである。今も夏になると、子どもたちは川で遊ぶ。筏(いかだ)に乗りながら笑い声を響かせる。魚や鳥、生きものたちもまた、この水の恵みの中で生きている。

「上流に暮らす人は、下流の人が使うことを思いやる。下流の人は、上流の人が汚い使い方をしないと安心している。かばたの水は、思いやりと安心の水でつながっているんです」
野菜くずを流さない。洗濯はしない。台所としての水だからこそ、誰に言われるでもなく守られてきた約束がある。2カ月に一度、地域では使い終えた天ぷら油を回収し、粉石鹸にしてかばたで使う。「おかえり石鹸」と呼ばれるその循環も、水を大切に使う暮らしの延長にある。


針江を流れた水は琵琶湖へ入り、京都や大阪の人々の暮らしをも支える。やがて海へ出て空へ昇り、再び雨となって山へ帰る。ここに残るのは、昔ながらの風景だけではない。水とともに生きる知恵そのものなのだ。
水と暮らす知恵

かばたは元池、壺池、端池の3つの池で構成される。地下から湧いた水を順に流して利用し、端池では鯉が食器についた米粒などを食べて水を浄化する。「水仕事を終えた道具もそのまま置けて便利」と前田さん。かばたは今も現役の台所なのだ。


地下20~24メートルから湧き出す生水は年間を通して約14度。夏はスイカや野菜を冷やし、冬は温かな水として暮らしを支えてきた。針江では住民が年4回、大川掃除を行う。魚が遡上(そじょう)しやすく、水が流れやすい環境を守るためだ。



針江 生水の郷
見学はガイド同行が条件。
見学先は家人の了承を得たかばたのみとなります。
●ガイドツアー:10時~/14時~(各回約1時間)
●見学料:大人1,000円、小学生~高校生500円
写真 木内和美
取材・文・編集 服部広子
<滋賀への翼>
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