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2度消えた火に命再び 日本刀づくりに欠かせない玉鋼と人々の使命

2度消えた火に命再び 日本刀づくりに欠かせない玉鋼と人々の使命

TRAVEL 2024.04 奥出雲特集

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世界で唯一、たたら製鉄が行われる奥出雲町。しかし、ここ奥出雲でも、過去2度にわたってたたらの火は消えている。

1度目は、明治の開国により洋鉄が大量に輸入され、官営八幡製鉄所が本格稼働したとき。しばらくして、第二次世界大戦の軍刀需要により一時的に復活を遂げるが、敗戦を機に再び操業が行われることはなくなった。文明に従うなら、たたらの火は消えていたのだ。

だが、たたら製鉄でしか生み出せない玉鋼がなくなることは、日本刀が作られなくなることを意味する。さらには、20年に1度行われる伊勢神宮の式年遷宮では、日本刀を奉納しなければならない。刀匠、神社の後押しもあって軍刀需要の際に稼働していた奥出雲町に所在した「靖国たたら」を復興し、昭和52年11月、高松宮殿下のご臨席を仰ぎ、火入れ式が挙行され「日刀保たたら」として復活を遂げた。このとき、戦時中に携わっていた2人のたたら職人に、弟子入りしたのが当時製鉄技術者だった、現・村下(たたら製鉄作業の技師長)の木原明さんだ。


こうした背景を持つため、「日刀保たたら」は文化財保護法第147条に規定された「選定保存技術」に認定され、公益財団法人日本美術刀剣保存協会が直接運営するたたらとして、今に続いている。 

「地肌、刃文、姿の美しさ。鉄の最高芸術品である日本刀をつくるには、玉鋼が不可欠です。刀匠さんのために良質な玉鋼をつくる。その使命を持って取り組んでいます」 

そう話すのは、次期村下候補の筆頭とされている堀尾薫さん。普段は、(株)プロテリアル安来製作所(鳥上木炭銑工場)に勤務し、1年に3回、たたら操業が行われる際に職人として参加する。 

「私は、奥出雲町の出身。たたら製鉄の『伝統技術保存伝承』が継承されていることを知り、地元の人間として後世に技術伝承するために従事したいと思ったんです」(堀尾さん、以下同)

堀尾さんは、24歳のとき木原さんに直談判し弟子入りを果たす。現在、村下を含む総勢14名の従事者は、製鉄関係者や刀匠などさまざまだ。みな、それぞれにたたらへの思いを持って、門を叩くという。

現代の科学を持ってもなせない たたら製鉄のすごみ

すでに30年にわたるキャリアを持つ堀尾さんをもってしても、「操業前は常に緊張する」と打ち明ける。一般的に、現代の鉄鋼は、溶鉱炉などに鉄鉱石とコークスを投じる高炉法と呼ばれる方法でつくられる。1800℃の高温製錬で間接的に鋼を大量につくるのだが、この方法では高級鋼をつくれたとしても、美術刀剣の素材には不向きとなる。

「たたら製鉄は、低温製錬(1400℃)で作られます。1.2メートルの炉の中で、じっくりと砂鉄から鋼をつくり出す。高炉法は、ドロドロに溶かして鋼をつくるわけですが、この方法だといろいろな不純物が混じってしまう。しかし、たたら製鉄でつくる鋼はそうはならない。先人たちの発想と知恵に脱帽です」

玉鋼は主が炭素鋼であり、微量の他元素含有がある。炉を壊し、鉄のかたまり「鉧(けら)」が生まれる。約3トンの鉧からは、玉鋼1級A、B、玉鋼2級A、B、中小粒という具合に8種類に分類され、玉鋼1級Aは0.4トンほど生成があれば上出来だという。

「良い玉鋼をつくるためには、とにかく操業が安定していること。炭が下がらなくなる、あるいは、砂鉄を入れると、その一部が釜の粘土と反応してノロと呼ばれる物質になるのですが、ノロがたまりすぎると送風管をふさいで、釜の中に空気が流入しない。こうした状況を作らないために、総合的に予兆を観察し、即座に感じ取って先手先手で対応する事が肝要。木原村下の一挙手一投足は、目を見張る判断力に優れておられ、即座にできるんですね。まだまだ見習うことが多々ある」

人間が直接手を加えなければ、良い玉鋼はつくることできない。玉鋼の表面は、ブルー、ゴールド、シルバー、オレンジ(銅色)と多彩な光を放つ。これは、空冷時の経過時間の過程でおきる極薄の酸化膜だという。玉鋼内部のわずかな酸素が鉄と反応し、その薄い酸化物が光の干渉によって色を生み出す。計算でつくることのできない構造色に、目を奪われる。

たたら製鉄は、一度の操業で砂鉄は10トン、木炭は12トンを使用する。良質な鋼を生み出すには、現代の科学を持ってもなせない。たたら製鉄は、文化を継承する大切さを肝に銘じ、行われているのだ。 

「多くの人に、たたら製鉄と玉鋼の存在価値を知っていただけたら幸いです」

時代に遡行する輝きと強さ。この地にはドラマがある。

<奥出雲への翼> 奥出雲へは東京(羽田)などからANA便で米子鬼太郎空港へ。空港から「日刀保たたら」までは車で1時間30分。

写真 久保田光一
取材・文 我妻弘崇

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