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沖縄人と馬の深い絆 新しい特産品を生むその歴史と文化的遺産

沖縄人と馬の深い絆 新しい特産品を生むその歴史と文化的遺産

TRAVEL 2024.03 沖縄特集

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盛んだった琉球競馬

沖縄島民と馬たちとの関係は深い。
琉球王朝時代(1429〜1879)の沖縄では競馬が盛んだったという記述がある。
最盛期には島内各所に178ヶ所もの競馬場があったといい、4万7千頭もの馬が飼育されていたというのだ。競馬開催日には露店が立ち並び、お菓子を買って楽しむ子供ら、酒を酌み交わす大人らで賑わう一大イベントだった。若い男女も競馬場デートを愉しんでいたはず。さながら現在の競馬場を彷彿とさせる。

沖縄県公文書館所蔵

琉球競馬はその速さを競うのではなく、側対歩(左右前後の脚が同時に出て進む歩様で馬独特の背中の揺れが少ない)での優美な姿を競うものだった。鞍や鎧、轡の装飾とその豪華さにも衆目の眼は注がれた。王朝時代の平安な御世が伝わってくる。

那覇市内の識名園(王朝時代の迎賓館)から識名宮に300メートルほど向かうと右手に、かつての競馬場跡がある。
沖縄戦で島内各所の競馬場は失われてしまったが、『今帰仁村仲原馬場』は当時の面影を残している。走路だった運動場のような平地を低い石垣が囲み、その一段上がった草地には琉球松並木が木陰をつくり、古の競馬開催の残影に溢れている。

日本の在来馬の起源は、古墳時代に遡る。国家方針で、軍馬、家畜馬としてモンゴル高原から朝鮮半島を経由して、対島に船で運び、玄界灘を経て九州本土に到着した。蒙古系家畜馬『モウコウマ』が起源の、馬格のない小型馬である。
福岡の渡半島の地形は潮風によって塩分やアルカリ成分をふんだんに含んだ草地に恵まれ、馬の飼育に適していたのだろう。そこでの放牧中に馴致をされてから全国に分布され、木曽や北海道への北上グループと、南西諸島経由で与那国にまで至った南下グループとに分類される。

「馬の起源は沖縄」と言った人がいたが、あながちこれは否定できず、九州からの輸送経緯を鑑みれば、北上グループよりも比較的早い段階で沖縄にモウコウマが到着したと想像できる。その貴重動物(高等家畜)に対する尊厳のいきさつが、優美さを披露する琉球競馬の礎になったのだろう。
そこから独自繁殖を経て、沖縄の馬は手塩にかけて育てられ、有能な乗り馬や使役馬へと調教されたと想像できる。

沖縄県公文書館所蔵

やがては海辺では本来の速さを競う競馬が、農民たちの農閑期に開催されて優劣を披露していたという。そうやって進化を辿った琉球馬は、16世紀の琉球王国では明時代の中国との交易品として送られ、自国の馬が優秀な特産品であるという自覚が形成された。

面白い話では、明時代の中国からの使者を迎え入れる際には、あえて本部港に渡船を着けさせ、そこから琉球馬の背に揺られ、海の見えない山中を進み、長い時間をかけて那覇の迎賓館まで案内したという(諸説あるようだが)。
これは島の小ささを悟られないための策略であり、また琉球馬のタフな優秀さを知らしめる格好の機会だったというのだ。
だからだろう、識名園は市街地にあり、そこから海は見えない。まして競馬場が隣接していたとなれば、琉球馬の格好のお披露目の場になっていたことだろう。ここでも優美に着飾った人と馬が、明からの使者と王朝装束に身を包んだ王族らとの宴席に花を添えていた様相が想い窺える。

『南船北馬』という中国の喩えがある。これは南方は船で北方は馬で旅をしながら忙しなく動きまわるという意味だが、これを使役馬に置き換えてみれば南西諸島でも馬と共存して行動していたと考えられて興味深い。

さらに面白い話を記せば、沖縄の家畜関係の本にあったエピソードだ。

太平洋戦争終結直後、米軍が沖縄本島上陸用の使役馬といてハワイに係留していた200頭あまりのラバを沖縄に送ろうとしたという。ところがそれを受けた当時の沖縄の農務担当者が米国の農務担当者に対して「繁殖能力のない一代雑種のラバなどいらない。どうせ送るなら繁殖能力のあるれっきとした馬にしてくれ」と突き返したという。さぞかし米国側は憤慨したことだろう。

ところが相手も引かず、アメリカン・クォーターホース(西部劇でカウボーイやネイティブアメリカンが乗っている中型馬)とアングロアラブ種を混ぜた牡牝250頭余りを沖縄に送った。まさに両国のカウボーイ・スピリッツがぶつかり合った様な痛快さがある。

その馬たちは島内各地に分散された。農業の使役馬として重宝し、荷馬車、国際通りで消防車を曳く馬の姿が写真に残っている。1957年創業の地元オリオンビールを運ぶ荷馬車もあった。

「オリオンホテル那覇」に飾られている当時の写真。
伊是名ダム竣工式 当間重剛行政主席視察 馬車に乗る主席。沖縄県公文書館所蔵

しかし、当時の食糧難の時代背景から、その姿を消してしまった馬たちも少なくない。

ただし、島民は馬を粗末にはしなかった、と当時を振り返り、自らの親も米国から送られた馬と暮らしていたという人と本部地方で出会った。その系譜のアメリカン・クォーターホースと在来種との中半血馬を今でも飼育している男性だった。

つやつやの馬体を陽灼けしたゴツい手で愛撫しながら彼は言った。
「役目を終えた馬は丁寧に処理され、肉片は老人や子供らが火傷したりしたときの冷却用として保存して、脂肪分は鍋で煮込んで、馬油として近所に配ったさ」

筆者も博労の家系に育ち、子供のころから叔父の牧場で馬に乗っていた。
ある冬の日、小学校帰りに牧場に行くと、厩舎の事務所の中で叔父がストーブの上に鍋を置き、コトコトと煮物を作っていた。

訊くと「馬の油だ」と返された。
そして馬の肉は当時のどこの飲食店でも厨房に常備し、コックがひどい火傷をした際には馬の肉ですぐさま冷却したと教えられた。馬の油も軽い火傷、擦り傷、手荒れ、髪の毛のパサつきにも重宝して欠かせない代物だと、博労の叔父は言っていた。

沖縄のアイコンとなったオリオンビール・ロゴと馬

意外と知られざる「沖縄の馬の歴史を物語るかのような商品」にある日眼がとまった。
直径4センチほどの缶の蓋に、今や沖縄の象徴ともなっているオリオンビールのロゴマークが記された商品である。手にとると内容物は馬の油とある。いわゆるバーユ(マーユと呼ぶ人もいる)は、シャンプーやリンス、石鹸と従来から人気を博している。温泉の洗い場に常備してあるのを使用した人も多いはず。
しかし、なぜオリオンビールと……。いわゆるコラボ商品の類の記載もある。酒造会社と馬油……オリオンビールとのコラボ商品は沖縄には溢れている。
国際通りではオリオンビールロゴのTシャツを着た若者が多く行き来している。メディアが、そのブームの現象について商標元に問い合わせたという話を関係者から聴いたこともある。
Orionというロゴが視覚言語となり、日常を離れた解放、青い海やリラックス(チル)という憧れが込められた沖縄のアイコンになっていることに間違いはなく、観光客や修学旅行生、またはインバウンド渡航者にとっての南国を象徴するユニフォーム的役割を担っているのだと想像できる。家族全員がオリオンTシャツを着た東南アジアからの旅行者を見かけることも多い。
そこに便乗したかのようなオリオン缶の馬油である。サイズ、デザインと思わず手にしたくなる可愛らしさを感じさせるのは否めない。

前述したような歴史を振り返ると、沖縄の馬の歴史と南国の象徴となったアイコンが、一概にかけ離れ過ぎたものではないとも言える。沖縄が継承してきた馬の歴史と、島内の酒造会社とのコラボが、その商品を手にした際に懐古される機会になるのでは……と思ったのだった。

また、この缶のオリオンマークの淵を巻く、沖縄のミンサー柄にも気を引かれた。その五つと四つの模様からなる『ミンサー織り』は琉球王朝時代から沖縄に伝わり、「いつの世も末長く幸せに」という意味が込められている。または大切な人を守ってくれるお守りとしての力も込められていると信じられている。贈り物に適しているのだ。沖縄に長年いて同じような土産物の並びに足が遠のいていたが、新しい土産品を発見し、誰かに贈りたくなって購入してしまった。

馬油の缶とミンサー柄が悠久の沖縄の歴史を振りかえさせてくれる機会となり、遥々モンゴル高原からやって来て生息し、その系譜が今でも我々と共存共栄している多くの馬たちの血脈の尊厳への敬意につながれば……と願ったのだった。

オリオン×馬油「TOTONOU natural horse oil」

園部晃三(作家)

1957年生まれ。高校生時代にカリフォルニア州の牧場で過ごす。乗馬インストラクターを経て、テキサス州の牧場で暮らす。1990年、第54回小説現代新人賞を『ロデオカウボーイ』で受賞。全国の競馬場に向けて車上暮らしで4年間放浪。その経験を基に著した『賭博常習者』を講談社より出版。講談社現代ビジネスデジタルに執筆中。沖縄情報誌ウチナータイムに『カユイジ(行き来する道)の路傍』連載中。

文・語り 園部晃三
編集 中野桜子

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