土地の風景を伝える作物を作るー岡山・真庭で自然とともに生きる-1
岡山県の県北に位置する真庭は、今、移住者が増えていることで注目されている。その魅力はいったい何なのか?蒜山(ひるぜん)エリアの移住者たちが口をそろえるのは、まずは風景に惹かれたということ。手つかずの、ありのままの自然が広がり、この景色の中に身を置いたとき、何よりラクで心地よかったのだという。自分たちの感覚を信じ、自分たちが心地よいほうへとぐいっと舵を切り、自らの人生を切り拓いた人たちを訪ねた。そこには未来の豊かな暮らしのヒントがありそうだ。
農という営みを通して生き方を学びたかった
岡山市内から車で1時間半。鳥取県との県境にある蒜山で、自然のリズムに合わせ、肥料や農薬を使わず、米や穀物、野菜を栽培している蒜山耕藝(ひるぜんこうげい)の高谷祐治(たかやゆうじ)さん・絵里香さん夫妻。ともに東京出身で、裕治さんは公務員、絵里香さんはカフェで働き、実家も農家ではない。けれど、自然栽培の作物を食べて衝撃を受け、自然栽培のことを知りたい、学びたい一心で1年間農業研修をしたという。
「農家になるつもりはなく、農という営みを通して生き方を学びたかった。自然栽培って、土地には自ら命を繋いでいく仕組みがあるので、その大自然の摂理を生かして作物を育もうというもの。人間も自然の一部なのだから、その流れに乗っかれば、自然界の動植物のように淡々と生きられるはず。そういう生き方がしたいなあと」と祐治さん。
研修を終えた直後に東日本大震災が起こり、お金より命の大切さを痛感。自分たちが食べたいもの=自然栽培の作物を作ろうと決意し、移住先を求めて辿り着いたのが蒜山だった。「この景色にピンときたんです」と絵里香さんが言えば、「水も合った。水がよければ幸せだよね」と裕治さん。
2011年に岡山県・真庭市に移住して米農家となり、肥料と農薬を使わない自然栽培で、米、大豆、麦、そばなどの穀物を中心に野菜を育て、加工品の製造、販売も行っている。この地で農を営んで12年。2人が目指しているのはおいしさでも、安心安全でもないという。
「この土地の水や景色に清らかとか透明感という印象があるとすれば、そういう印象の作物を作る努力をしています。何も言わずに食べた人からそう言われると嬉しいですね」(裕治さん)
早朝から午前中にかけて田んぼや畑の作業を終えると、とれたての畑の野菜でお昼ご飯。ケールはさっと塩炒めに。かぶは、近所の「小屋束豆腐店」の油揚げとお味噌汁に。味噌は自分たちが育てた大豆と米で鳥取県の「藤原みそこうじ店」の天然麹で造ってもらっている。「忙しいときは豆腐丼にしちゃいます」と笑う絵里香さん。「小屋束豆腐店」の寄せ豆腐をパックごと食卓へ。器は、近所に住む陶芸家の堀仁憲さん作。
食べものには体と心を満たす力がある
「食べものには、体と心の両方を満たすエネルギーがあると思うんです。自然栽培の作物には土地の命が詰まっていて、それを食べることで気持ちが前向きになれたりする。僕自身がまさにそうで、仕事を辞めるとか、移住する活力をもらったと思っています。だからこそ、この土地のエネルギーが宿った力のある作物を食べてもらうことで、誰かの後押しができればいいなと思いますね」と裕治さん。
かつて絵里香さんは「自分たちの作物を食べてくれた方のお腹に種を蒔いていると思ってる」と語っている。それは、食べ続けることで体内にエネルギーが蓄積され、食べた人が、ひいては世の中全体が良いほうに向かってほしいという祈り。
「食」を通して豊かな関係を結ぶ
2015年には自分たちの作物を使った料理を提供する「蒜山耕藝の食卓 くど」をオープン。月1ペースでオープンし、蒜山耕藝の農作物や共感する生産者の食材を使った料理を提供したり、尊敬する作家の手仕事を紹介する展示会を開催。つながりのある料理家や料理人の料理会や講習会も不定期で行っている。さらには、そばや醤油、味噌など、自分たちの作物で作った加工品や愛用する調味料などの販売も。
「ここへ来て、景色を見て、空気を吸って、水を飲んで、ご飯を食べて、ああ、いいところだなあと思ってくれる人がひとりでもいたらいい。そう思っていたら、種があちこちで発芽して、移住者が増えていました。でも、私たちはあくまできっかけであって、すべては土地の力だと思います」(絵里香さん)
新たな生きるヒントを求めて
その土地の力を生かそうと、裕治さんは今、どぶろく造りにチャレンジしています。
「発酵に興味がわいてきたんです。自分のお米で、自分が住む土地の天然の麹菌で発酵させることで唯一無二のものになる。そこにまた新たな生きるヒントがあるのではないかなと」(裕治さん)