メインコンテンツにスキップ
不安から始まったアメリカ・オーランド生活で得た強さ 国枝慎吾が語った人生第2幕

不安から始まったアメリカ・オーランド生活で得た強さ 国枝慎吾が語った人生第2幕

LIFE STYLE オーランドの空の下で

share

※ この記事は、翼の王国2026年1月号に掲載されたものです。

『翼の王国』2024年7月号から、全18回にわたって続けてきた「オーランドの空の下で」。彼の地での暮らしを綴ったその連載は、前号で幕を迎えました。ですが、昨年11月、ANA Blue Baseで開催された『翼の王国』創刊65周年記念イベントに登壇する機会をいただきましたので、こちらの誌面でも一回限りの“特別編”を。題して「東京の空の下で」。

ちょうど2年前の1月、私はオーランドに拠点を移しました。正直に言えば、期待よりも不安が圧倒的に大きい、そんなスタートでした。

現役時代、平均すると年間4カ月もの長い時間を海外で過ごした私ですが、じつは、日本を離れて3日も経つと、無性に帰国したくなってしまう性分です。そんな自分が海外生活なんて、本当に大丈夫か――、そう思っていたのです。

しかし、いざ始めてみれば、まさに“住めば都”。住まいを構えてしまえば、それがたとえ異国の地であっても、この私でも心安らかに暮らすことができた。これは自分にとって、決して小さくない発見でした。

最初の数カ月間は思っていた以上に大変なことの連続でしたが、それも、実際に海外で暮らしてみなければわからない発見です。家を決め、運転免許を取得し、自動車保険に加入して……言葉の壁もあるなかで、生活環境を整えることの難しさを実体験できたというのは、とても貴重なことだったと思うのです。

もし、次にまた海外生活の機会があるとしたら、少なくとも最初の難関に対する心構えだけは、十二分にできる自信があるからです。

そして、私のオーランド生活、最大の目的である英語力のブラッシュアップ。実際、自分の英語力がまるで不十分だということを毎日のように思い知らされましたが、それもまた、現地で暮らしてこそ痛感できること。「ペラペラになる」という理想の姿からはほど遠くとも、自分の英語力の現状をきちんと理解し、そのうえで少しずつ積み上げることができた自負も、少なからずあるのです。

この先、どんな仕事に挑戦するか、まだ具体的なことは申し上げられません。でも、10年、20年と経ったとき、私はあのオーランド生活が重要な転換点だったと、きっと振り返るはずです。多様な価値観に触れ、さまざまなことを体得し、自分の可能性を広げることができた1年9カ月。

現役引退までが第1幕だったとするなら、国枝慎吾の第2幕、その出発点は間違いなくあの青い空の美しい町、オーランドだったと思うのです。

国枝慎吾

脊髄腫瘍のため9歳から車いす生活となり、11歳で車いすテニスと出会う。四大大会とパラリンピックを制覇する「生涯ゴールデンスラム」を達成。23年1月、世界ランキング1位のまま引退。

2016年よりスポンサーシップ契約を結んでいるANAは国枝さんの新しい挑戦をさらに応援し続けます。

撮影 加治屋誠

翼の王国のアンケートにぜひご協力ください。
抽選で当選した方にプレゼントを差し上げます。