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大宮エリー 自然の趣を大切にして生きたい 「荷が重い」を動かした美作の熱意

大宮エリー 自然の趣を大切にして生きたい 「荷が重い」を動かした美作の熱意

LIFE STYLE ライト、フライト

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『翼の王国』で好評連載中の『ライト、フライト』の執筆者の1人であった大宮エリーさんが2025年4月にご逝去されました。作家や画家など幅広い活動で、私たちに楽しさと優しさ、そしてたくさんの光を届けてくれました。

翼の王国WEBでは、大宮さんの書かれたエッセーを2023年8月より遡ってご紹介いたします。全4回。内容は執筆当時のままです。

心から哀悼の意を表し、ご冥福をお祈り申し上げます。

枕草子の、をかし、を見つけに(2024年8月号掲載)

美作という場所を知っていますか。みまさか、と読みます。美しいを作ると書いて、美作。私は知らなかった。 ある時、私の事務所に、農園を営まれている方がたくさんの立派なイチゴを抱えて、岡山からいらしたのだ。

「先生、岡山は美作からやってまいりました。先生に、我が美作の農園にオブジェを作ってもらいたくてやってまいりました」

小川さんという会長さんと、春名さんという、市役所から農園に転職された、歳の頃は私と同じくらいの男性だった。手には、箱にぎっしり入ったイチゴ。とてもいい、甘い香り。きれいな赤。みずみずしいイチゴたちに、うっとりした。

「あ、お話だいたい聞いてます。どうぞおかけください」

そう、私が絵を描くきっかけになり、いくつもの作品を所蔵してくださっているベネッセの名誉顧問の福武總一郎さんと福武財団からの紹介なのだ。春名さんは、福武さんの塾の塾生だったそうな。

「美作を、どうにかせんといかんのです。先生、お願いします!」

イチゴにすっかり見とれていた私は、我に返って言った。

「あのう、でも……私のオブジェだけで、美作にどっと人がくるなんてことないですよ、すみません……」

すると会長さんは言った。

「でも、最初の一歩を踏み出さないと、何も始まらない。このままでは美作は、さびれ切ってしまいます。瀬戸内国際芸術祭を視察した時、犬島にある、私の背の高さより大きなスズランなどのお花のオブジェに、お年寄りや子供たちが腰掛けて話しているのを見て、これだと思ったんです!」

うれしいけれど、すこし荷が重いと思った。アートオブジェをその場に作るということは、その場所と関わるということになるから。

「いま、なんとかしないと。行政だけに任せておれんです。だから私たち農園からまずやるんです!」

農園が作っている「農園カフェ湯郷(ゆのごう)湯の華ガーデン」というフラワーガーデンにオブジェを置きたい、そして街中に点在させたいというお話だった。

「美作は、湯郷温泉があり、昔は栄えていたんですがいまは……。危機感を持っております。子供も減って……もう私たちが立ち上がらねば子供たちの代が危ない。大事な時なんです」

小川さんの熱気で部屋の温度が上がったような気がした。

「わかりました。では、一度、美作に伺います」

そう約束すると、ホッとした表情でふたりはお帰りになった。事務所のテーブルに、宝石のようなイチゴたちと、彼らが作っているイチゴの楽しげなクラフトビールが残った。

半年後、私は美作にいた。岡山市内から車で1時間と少し。まあるい、昔話に出てきそうなお山が、ぽこぽこ、いまにも動き出しそうに連なっている。岡山の山がすきだ。神話に出てくるようなのどかな山間をゆき、左手にはきれいな川が流れている。 空は、すかっとするくらい青い。晴れの国と言われているだけある。

そして美作に差し掛かると、こころいやされる緑の水田地帯が続き、水面がぴかぴか光っている。 ああ、ずっとドライブしていたい。 そう思った頃、町が現れた。湯郷温泉だ。閉鎖されたボウリング場も、かつての賑わいがこだましているように悲しげに立っていた。 オブジェ設置予定地は、町の中心にあり、お花が咲き乱れていた。花園には足湯があり、芝生に寝転んだりもできる。ブランコやボルダリングで遊べたりする、素敵な箱庭だ。何より、園芸のプロ集団が美しく育て上げたバラや季節の草花たち、そして、後ろに見える山々と青い空とお花たちの素敵な額縁になっていた。

「ここにエリーさんの作品を置きたいんです!」

フラワーガーデンに大きなお花のオブジェ、しかも触ったり乗ったり腰掛けたりできるアートがあるのは、楽しいかもしれない。芝生もふかふか。

「私と嫁で手入れ、やっとるんです」

照れながら、会長さんが言った。

「花と、アートの町にしたいんです」

「あのう、次にくるときには、町の人たちと、宴会できませんか?」

「え?」

「町の人と話すことから始めたいんです」

オブジェの着想を得るために、まず、町を知らないといけない。美作の素敵、を発見すること。感じること。町歩きをしたが、小川会長は思いが熱いからか、どうしても「さびれている、どうにかしないといけない」というのが口癖になっていて、「見て見て、ここすごいでしょ!」はなかなか出てこなかった。

唯一、会長からここは風情があるのではないかと言われたのが湯神社(ゆじんじゃ)。確かに、小道を歩いていくと、高台にある。なんとも気持ちいい場所だったが、資料館はいつも鍵がかかっているそうで時が止まったような感じであった。

シャッターが下りているお店、潰れたボウリング場。でも、たまに、おっ、と思う店や場所がある。 昭和レトロをあつめたギャラリーだったり、昔に描かれた、色褪せているけれど風情のある壁画だったり。タイムスリップしたような楽しさがある。 そのとき、私は、あっ!と思った。「あの店は?」 「ああ、えーっと」 古民家の中に、素敵な骨董品が並んでいる。ガラガラとふるい木戸を開けて中に入ると笑顔の素敵な、巻き髪の、赤毛のアンみたいな可愛い女性がいた。

「いらっしゃいませー」

可愛いフグの酒器が気になった。ガラスのレトロなコップたちもいい。

「これらは、あなたが?」

「いえ、母が、買い付けてます」

「ねえ、美作でいいところってどこです?」

すると彼女はこう言ったのだった。

「たくさんありますよ!私、美作だーいすき!」

食い気味に聞いた。

「たとえば、どこ?」

「土手とか、川とか」

美作だーいすきな、28歳の好きな土手とか川に行きたい。と思ったがタイムオーバー。次の視察で宴会をする時に、彼女にきてもらいたいと思った。

「たくさんいい居酒屋もありますよ!」

また半年後、美作に行った。 お昼は湯の華ガーデンで、プロジェクトの説明会があり、私もご挨拶。そこから、オブジェを点在させたいという会長の思いにより、みんなで場所を探しに歩くことに。 骨董店の女の子の言っていた、きれいなこぢんまりした土手と川も歩いた。すぐわかった。物語や、絵本のようだった。

「もう少ししたら、蛍が飛ぶんですよ」春名さんが言った。

美作は水がきれいで、蛍で有名なのだそう。 夜は、春名さんが頑張って声がけしてくれた宴会。美作出身の作家のあさのあつこさんの記念館である「ほたる館」の運営をされている女性陣や、日帰り温泉館の社長さんや自治会の方々、地域の自然をガイドしている方、そして子供たちにアート学校をひらいている先生もきてくれた。 「協力しますよ!」 「なんでも聞いてください!」 心強い。

「次はホタル祭りにきてください!」

前の自治会長で、学校の先生でもあった鳥越先生が私にこう言った。

「案内しますよ。美作の蛍は、水辺が土手の下にあるから、眼下を飛ぶので幻想的なんです」

数週間後、私はまた約束通り、美作を訪れ、人生初の蛍を見ることになった。森の中、土手、小さな小川。そこで、蛍が、小さな光が無数に舞う。 涙がでた。 そしてこんなふうに思った。 どうして、私は蛍を見る生活を送っていないのだろう。昔の人は、こういう美しい景色を、自然を、四季折々感謝して眺めていたはずだ。 その夜、ゆっくり鷺(さぎ)の湯温泉に浸(つ)かる。そして密かな隠れスポット、源泉100%の療養湯にじっくり浸かった。気泡がぷつぷつと肌について心地よい。

昔の人もこのお湯に入っていたんだな。さっき見た蛍が心の中をほっと照らしている。

『枕草子』を思った。

夏は、夜。 月のころは、さらなり。 闇もなほ。 蛍のおほく飛びちがひたる、また、 ただ一つ二つなど、 ほのかにうち光りて行くも、をかし。 雨など降るも、をかし。

美作には、日本の美しい、をかし、があった。 をかし、とは、おかしいではなく、面白いではなく、現代語訳で言うと“趣深い”の意である。をかし、をもっと大切にして生きていきたい。

オブジェの完成披露は、9月。 お祭りは9月23日に決まった。美しいを作るみまさかで、美しいアートと食と花の祭りをする。美作で、待ってます。

大宮 エリー

アーティスト。画家、作家活動に加え、写真に映画、脚本、楽曲、CM制作までマルチに手がける。自身初のVR監督映画『周波数』は、2023年ヴェネチア国際映画祭XR部門にノミネートされた。