歌舞伎俳優・芝翫が教える絶品ごはん「広島の小鰯」と「銀座の町中華」

［私の二枚看板］第二回／案内人 中村芝翫

公演で日本全国、さらには海外も回る歌舞伎俳優たち。彼らの舌を魅了した「祝着至極」のメニューを毎月２皿ずつ、紹介します。第二回はドラマ、映画など多方面で活躍するこの人。

大河ドラマ『毛利元就』の出演が縁で、私はかれこれ25年ほど前から、広島に通うようになりました。そこで巡り合ったのが「割烹 たこつぼ」です。

こちらのご主人は、地元の食材、とくに近海の素材を、とても大事にされている。私はこちらに通う以前、ゴツゴツと尖ったツノのあるサザエしか知りませんでした。ところが、ここで出されるサザエには、ツノがない。なんでも、潮の穏やかな海で育つと、ツノが生えないのだとか。そんなことを、一つひとつ丁寧に説明していただきながら供される海の幸は、どれもこれも最高に美味です。

なかでも、小鰯の刺身は絶品。私のような江戸の人間は、鰯というと、どこか磯臭いものと思っておりましたが、ここの鰯はまったく違う。「うまい」の語源は「甘い」なんだと実感する、それが、たこつぼの鰯です。

名物「ひつむし」も素晴らしい。いろいろな料理を一通り食べて、最後にいただくのですが、たとえお腹がいっぱいだったとしても、気付けばスッと完食してしまうほど美味しいのです。

我が家では、とくに女房がこちらの大ファンで。私が博多座に出ていると、彼女は福岡から帰京の際、わざわざ広島に立ち寄るほど（苦笑）。私も仕事で広島に行けば、必ず寄らせていただいておりましたのに、そんな機会もこのコロナ禍で、すっかりなくなってしまって……。それが今夏、本当に久しぶりの巡業が。予定表に広島公演の文字を見つけたときは、思わずバンザイしましたね（笑）。

いっぽう、歌舞伎座の目と鼻の先にあるのが「菊凰」。

まだ、橋之助だった時代から、連日出前を頼んでは歌舞伎座の楽屋でいただきました。ごく普通の町の中華料理店ですが、やっぱり「普通＝美味」なんですね。先代芝翫も、息子たちも、成駒屋全員が大好きなお店です。

コロナ禍で、楽屋での飲食が制限されるようになって。そこで私、初めてお店にうかがいました。以来、毎週のように通い詰めております。それほどに、身体が自然と欲する味、それが愛すべき町中華・菊凰なんです。

＜profile＞

なかむら・しかん◎65年、東京生まれ。70年、国立劇場『柳影澤蛍火』で中村幸二の名で初舞台。80年、三代目中村橋之助を襲名。16年、八代目中村芝翫を襲名。同時に長男が四代目中村橋之助を、次男が三代目中村福之助を、三男が四代目中村歌之助をそれぞれ襲名した。