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“海外が遠かった時代” 成田空港に集った人間ドラマ 

“海外が遠かった時代” 成田空港に集った人間ドラマ 

LIFE STYLE 快適な空だけの旅

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“海外が遠かった時代”、成田空港は単なる空の玄関口ではなかった。初めての海外旅行に胸を躍らせる若者、別れを惜しむ恋人たち、再会を待ちわびる家族──そこにはさまざまな人生の物語が集っていた。厳重な警備体制や出発ロビーの高揚感さえ旅の一部だった頃。世界への憧れと不安が交差した成田空港に流れていた、あの時代ならではの熱気を振り返る。

ドラマチック成田空港

人生初の国際線搭乗は「新東京国際空港」からだった。のちに「成田国際空港」と名称変更、まだ第1旅客ターミナルだけの運用だった頃、日暮里から電車に乗って空港駅に到着すると、至る所に盾(たて)を構えた機動隊員の姿があり、ホームから上がって空港ターミナルビルに入る直前、警察官が乗客の手荷物を入念に検査。

自家用車、バスの場合も、検問所ではトランクを開けて、乗客全員の手荷物とパスポートのチェックを厳格に行っていた。

長期の海外滞在の際に車を停めていた空港外の民間駐車場は砂利(じゃり)敷きで、送迎バスまでスーツケースを転がすのに毎度難儀したが、帰国して精算するたびに、地元で採れた人参とかジャガイモをいただけた。離着陸する機体が真上をかすめる大迫力と、すぐ脇の田んぼの蛙(かえる)の大合唱という日本の原風景のような長閑(のどか)な風情と、翌日には渡航先のヨーロッパで中世の佇(たたず)まいの中に没入する自分のギャップが妙に心地よかった記憶が甦る。

都内の自宅から成田までの距離感に加え、厳重な警備体制が敷かれた中でのチェックインからボーディングに至るまでの一連の流れは、今から海外渡航という非日常への期待感をさらに増幅させる演出のように感じた。

羽田空港から国内線同様に、カジュアルな感覚で国際線にも搭乗できるようになった今と比べて、当時の成田空港の物々しさは旅情の一部としてしっかり記憶に残っている。当時、トレンディドラマなどといわれていた番組には、しょっちゅう成田空港4階出発ロビーのシーンが登場。空港内外の全景から、キャリーケースを転がしながら颯爽と歩く萬田久子さんの姿が私の脳裏に深く焼き付いている。

そして、成田空港では例のオブジェが印象的だ。「スピード」と「改造」というテーマで彫刻作品を発表し続けている千葉県出身の中村哲也さんによる、飛行機をモチーフにした巨大彫刻。旅行前、ここで笑顔で写真に収まると“成田離婚”が避けられるといわれていた。今では死語になった感があるが、言葉が通じないなど、海外慣れしていない男性がトラブル時に頼りなく見えてしまい、女性が幻滅。帰国後早々に離婚を切り出されるパターンというのは、時間が経過したところで“羽田離婚”などとは耳にしないので、やはり成田空港は、そんな悲喜交々(ひきこもごも)な人間ドラマが展開されやすい独特の空気が流れているに違いない。

日本人にはあまり関係ない『YOUは何しに日本へ?』のロケ隊が、到着ゲート付近にほぼ毎日待機しており、オモシロ外国人の密着取材を試みている光景も、今や成田空港名物といえよう。

〜つづく

イラストレーション/ソリマチアキラ

パラダイス 山元 | ぱらだいす やまもと

プロ搭乗客。 ANA ミリオンマイラー。音楽家。餃子レストラン「荻窪餃子 蔓餃苑」オーナーシェフ。著書に『読む餃子』、英語版・フランス語版餃子レシピ本『GYOZA』、『パラダイス山元の飛行機の乗り方』『なぜデキる男とモテる女は飛行機に乗るのか?』などがある。全国各地で開催中の「皮からつくる本気の餃子づくり教室」などの出演イベントの詳細は X(旧Twitter) で発信中。

X @mambon

パラダイス 山元  写真

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