にっこり仁王像にくつろぐ狛犬!現代の”仏師”が作る愛らしい仏像たち
キュレーター米原康正(よねはら・やすまさ)氏が今の時代に注目するアーティストを紹介する本企画。今回はその愛らしい様子に思わず微笑んでしまうような仏像たちを作る三好桃加(みよし・ももか)さんを紹介します。

宗教とは人間を超えた視点で人間を見ることである。ところが彼女の作品は宗教を超えた視点で宗教を僕達に見せてくれる。仁王像たちは赤子を愛で、セグウェイに乗りドーナツを前に微笑む。「僕たちはこの仁王像たちのように今を楽しめているのだろうか?」。他者を見て自分を感じる。これこそ宗教の始まりではないだろうか?マクロを極めるとミクロになり、ミクロを極めるとマクロになる。そして全てが繋がり合うのだ。
(米原康正)
『私にとって仏像たちは遊んでいるイメージ』

米原:三好さんの作品はお寺で見る仏像とは印象が違うよね。仏像たちの「オフの日」をモチーフにした作品はどう生まれたの?
三好:大学の課題で作品を作ることになった時に、パッとこの仏像たちのイメージが頭に浮かんできて作ったことが始まりですね。
米原:どうして仏像だったんだろう?
三好:幼少の頃からずっと脳内にオリジナルの仏さまが住んでいて、そこで思考を繰り広げている感じなんです。だから無意識的にそういう仏教的なものが自分に染み込んでいたんだと思います。
米原:でも仏教徒というわけでもないんだよね。
三好:そうですね。実家は土地柄か仏教が身近にあって冠婚葬祭の行事をきちんとやるような環境でしたが、私自身はそういう仏教思想に染まりきらないように抵抗していた感じです。
米原:仏像たちが「オフの日」の姿なのはどうして?
三好:私にとって仏像たちは遊んでいるイメージがあるんです。
5歳で父が亡くなった時、死んだらどうなるのか周りの大人に聞いて回りました。すると父は仏様のところに行って毎日宴会をしている、と。
その時から、お寺でどんなに厳格な姿を見せている仏像も実は死んだ人とどんちゃん騒ぎをして宴会をしている、というイメージに変わりました。
『幼少期から仏像たちについて思いをはせていた』

米原:たとえばドーナツを持っている仁王像とか、そういうアイデアはどこから来るの?
三好:これは暇をしている仏像たちに私が楽しかったエピソードを話している場面をイメージして考えています。
仏像は死が身近で生きることが過酷だった時代には、苦しんだ人が祈りに来る場所だったから、仏像たちは苦しんでいる人の姿しか知らないと思うんです。今では生活が便利になるにつれて、日常的に仏像を参拝するという文化は衰退しています。
でも、仏像に頼らなければ生きられなかった人たちが紡いできた時代のおかげで今の私につながっていると思うんです。だから、仏像たちやそれを作ってきた仏師たちに感謝と報告を込めて作っています。
「私達はおかげさまで元気です。些細な幸せを大事に日々生きています。苦しい時はきっとまた頼るけれど、今日はゆっくり休んでください。どうか仏像たちが働き詰たちにならない平和な世界でありますように」と。
米原:そういう風に仏像たちを捉えるようになったのはなにかきっかけがあるの?
三好:幼少期から仏像たちについて思いをはせていたことがあると思います。
おじゅっさん(=香川の方言で「お坊さん」)が自宅に来てお経を唱えた後に説法をしたり、母とお寺に行ったり……。祈る人たちの姿はよく目にしていました。
でも、「祈っても助けてもらえないのにどうしてこんなに祈るの?」と疑問ばかりだったし、極楽浄土に行けるように祈ることには「死ぬために生きているみたい」だと複雑に思っていました。
そんな中で祖父が入院し、自分が持っている印象が180度変わるということを体験したんです。
米原:お祖父さんは仁王像のモデルになった人だよね?
三好:そうです。父方の祖父は寡黙で私にとっては畏怖の対象でした。見た目もツルツルの頭に太い首、ボリュームのある肩幅、全体のプロポーションが仁王像に似ていると思っていました。
その祖父が中学生の頃に入院したんです。それで母とお見舞いに行ったら、しゃべらない人だと思っていた祖父が母と冗談を言い合っていて……。姉にも祖父について聞いてみると「面白い人だ」と言うんです。
自分の見ていた祖父と違う祖父がいたことに驚きました。
米原:そのできごとが仏像や仏教を見る目も変えた?
三好:自分が一面だけを見て決めつけてきたことに気づいて、お詫びとして仏像たちが見てきた世界に思いをはせてみるようになりました。
『自分に嘘をつかずに本当に作りたいものを』

米原:美術を始めたのはどうして?
三好:勉強と美術をやるのどっちが自分にとってはラクにできるかっていうと美術だったからですかね……(笑)
米原:ラクを選んだら美術だったってことなんだ?
三好:というより、「やりたくない」をやらなかった結果かもしれないです。人生ってなにかをやらなければならないじゃないですか。それなら「やりたくない」は選ばない方がいいなと。
米原:でも作品を作るのにもすごい時間がかかったりするよね?それはめんどくさくないの?
三好:いや、めんどくさいです(笑)
たとえば高さ50センチくらいのリアルな仁王像だと、まず脳内で考えたデザインを粘土で形にして、2週間乾燥させたら3日かけて焼いて、墨や朱ぼく、アクリルガッシュ、質感を出すためのとの粉を使って着彩、という流れで一つの作品に1ヶ月くらいはかかります。
「こんな面倒なことよくやるなあ」と思う時もありますよ(笑)。でもだからこそ、自分に嘘をつかずに本当に作りたいものを作ろうと思って仏像たちを作っています。
『死んだ人たちともつながっている』

米原:三好さんの「オフの日」はどう過ごしているの?
三好:SNSを見たり、漫画を読んだり、動画配信サイトで動画を見たり……。現代のコンテンツを見ていますね。
米原:おすすめの漫画とかはある?
三好:『Dr. STONE』(集英社、原作:稲垣理一郎、作画:Boichi)ですね。すごく人間が愛おしくなれるいい作品なんです。ストーリーが文化のあゆみを感じられて、自分のちっぽけさを思い知らされるような……。
仏像って何百年前にそれを作った人がいて、その仏像を掃除したり、保存してきた人がいて、仏像を見にくる人がいて、今に伝わっていると思っています。そう考えると、死んだ人たちともつながっているんだと思えてくるんです。そういう感覚が好きです。
『Dr. STONE』はそれに通ずるものを感じます。昔の人たちの知恵があって今自分たちが生きている、みたいな。残してくれたもので生きているっていう。
米原:最後にこれからやってみたいことを教えてください。
三好:まだまだ作りたい仏像がたくさんあります。これからも「オフの日」の仏像たちを作っていくことを楽しみにしています。
Yasumasa Yonehara
熊本県生まれ。『egg』を創刊したガールズカルチャーの第一人者で新たな才能の発掘を行うアートキュレーター。2023年には阪急メンズ東京7階にギャラリーを開きアーティストの発信をしている。
Momoka Miyoshi
1996年香川県生まれ。2020年東京藝術大学美術学部彫刻科卒業後、同大学文化財保存修復彫刻研究室に進学し2022年に修了。楽しげな様子の「オフの日の」仏像を素焼きの彫刻で作る。
取材・文 米原康正
編集 藤沢緑彩