高級ホテル&レジデンスとして生まれ変わる、チャーチル首相の執務室〜古くて新しい、イギリスのアンティークな街5
世界でも突出した歴史と伝統を有しながら、つねに華やかな文化の中心地でありつづけるイギリス。ロンドンをはじめとする都市部では、最先端の事物を取り入れつつも、古き良き建築を巧みに維持して次世代へとつなげていく街づくりが自然に行われている。ロンドンの官庁街の真ん中にありながら内部を公にされてこなかった旧陸軍省の建物が、新たなラグジュアリーホテル「The OWO」として2023年半ばより人々の受け入れを開始する予定だ。独占取材したその様子を、webだけで特別にレポートする。
120年以上、非公開のままだった旧陸軍省の建物がホテルに
チャーチル元首相も執務室を置いた旧陸軍省本部が、シンガポール資本の「ラッフルズ ホテル」によりホテル&レジデンスとして生まれ変わる。名称の「The OWO」とは、「The Old War Office(旧陸軍省)」の略。この建物がかつて果たしていた役割に最上級の敬意を払い、未来へ語り継いでいこうとした結果の命名といえるだろう。
長らく英国の国防を担ってきたエドワード朝時代の建築物はさすがの歴史を有し、入り口のひとつには「スパイエントランス」という名前がつけられている。これは、かつて英国情報局の職員が実際に出入りのために使っていたことに由来するというから驚きだ。建物自体も映画『007』シリーズの舞台として作中にいくたびも登場しているが、映画や小説の中だけの話でなく、史実ありきなところにイギリスならではのロマンを感じずにはいられない。足を踏み入れる瞬間から誰もがスパイ気分の気取った歩き方をしてしまうであろう、“ジェームズ・ボンドごっこ”待ったなしなロケーションなのだ。
建物の目玉は、かつてチャーチル元首相も利用していたという大理石造りの大階段。聞けばここは、彼に認められた高官たちしか通ることを許されなかったといい、今回の大規模リノベーション後もオリジナルの状態で残されることになっている。階段の真ん中に飾られた世界初の電気で動く時計も、訪れた際には要チェックだ。
「英国人は、建物の背後にある歴史にとても誇りを持っています」と、レジデンス部門セールスマネージャーのチャーリーさん。「ですがその建物には新しい命を吹き込まなければ、いずれは崩壊してしまう。かつてここは政府のオフィスだったわけですが、行政だけでこのような歴史的建造物を保持していくのは簡単なことではなく、近年政府関係のオフィスは多くが近代的な建物に移転していっています。ですから我々のような民間企業が資金を投入し、これらの建物に新しい役割と価値を与えようとしているのです。それは未来の世代にもこの建物を我々と同様に楽しんでもらうために、とても重要なこと」
そのためにどれだけの創意工夫が行われ、議論が重ねられてきたかははかりしれない。イギリスではこのような古い建物を修復して再開発を行おうとする場合、「建築や補修計画に関する厳しい法律がある」のだという。「その厳しさは世界でも有数だと思います。例えば市民がこの建物の歴史を感じ楽しめるイベントなどの催しを、1年に10日間は行わなければならないというような政府との取り決めがあります」。またホテル内には建物の歴史についての展示を行う場所を設け、部屋名にも歴史上の人物の名前がつけられる予定なのだとか。
ホテル&レジデンスとして運営するのみならず、9つものレストランと3つのバーがオープンする予定にもなっており、ロンドンの新たなグルメスポットとしてもその名を轟かせそうだ。イタリアンの人気店「Paper Moon」をはじめ、フレンチやヨーロピアン、そしてアジアンフュージョンなど、さまざまな種類のラグジュアリーダイニングが開店するという。
これまで公に対しては閉ざされていた国家機密の一部を、グローバルに開かれたスペースに。その変容はきっと市民にとっても大きな意味を持つだろう。ロンドン中心部の新たな名所として、イギリスの誇る壮麗な文化の価値をより一層魅力的に輝かせてくれることに期待したい。
The OWO
57 Whitehall, London SW1A 2EU
https://theowo.london
写真:松園多聞、Imperial War Museum(資料写真) コーディネーション:井上亮、長谷川友美 取材&文&編集:山下美咲