メインコンテンツにスキップ
世界初の写真が生まれた場所へ ニエプスの足跡とパリで巡る写真文化

世界初の写真が生まれた場所へ ニエプスの足跡とパリで巡る写真文化

TRAVEL 2026.08 パリ特集

share

二百年前、ニエプスが撮影した世界最初の写真。その複製は、いまも僕の部屋の壁に掛かっている。朝も夕もその風景を見つめ、僕は写真を撮り続けてきた。歴史的な一枚は過去の遺産ではない。写真という表現が始まった瞬間を、日々の創作のなかで受け継いでいるという実感が、僕を次のシャッターへ向かわせる。

「ニエプスが写真を発明していなければ、いまの僕はいない」

僕は2008年7月に訪れた、少しほこりっぽい実験室のことを、2階の窓から眺めた真昼の夏景色を、そして、そこで撮った1枚の写真のことを、生涯忘れることはないだろう。

そこは、いまから200年前、発明家のニセフォール・ニエプスによって、世界で初めての「写真」が撮影された場所だった。「太陽が描く絵」と彼が名付けたその1枚には、窓越しの右手に鳩小屋、中ほどの下方には物置小屋の屋根、左手にはパン焼き窯(がま)の軒下、そして背後には果樹園の緑が広がっている。

なにゆえ僕が、その1枚を克明に描写できるのか。それは、この特集の冒頭でシェルー館長がタネを明かしてしまったように、僕の部屋の壁にはその複製がかかっていて、朝に夕にそのイメージを目にし続け、毎日のように最初の1枚を撮影してきたからにほかならない。

僕は常々「写真というものがなければ、僕は写真家になどなっていなかった」と口にしてきた。つまりは、ニエプスが写真を生み出していなければ、いまの僕は存在しなかったことになる。その意味でも、僕はニエプスを誰よりも尊敬し、名状しがたい感謝の念を抱いている。

聞くところによれば、ニエプスは自分の家族や友人など、大切な人たちの姿を残す、その一心で写真を発明したという。それは、まったくもって正しいし、それこそが写真というものが存在するいちばんの理由だと思う。

僕にとっても写真とは「記念」「記録」、そして「記憶」、それ以外の答えはない。それは200年前、ニエプスが世界初の1枚を撮影したそのときから、写真の定めだったと思うのだ。

あの夏、ほこり臭い実験室で、でもしびれるほどの感動を覚えながら、僕も同じようにシャッターを切った。違ったのはニエプスがおよそ8時間かけて感光剤を塗った金属板に定着させた窓辺からの眺めを、夏の光を、僕の小さなカメラは250分の1秒で切り取ったことだった。

森山大道

森山大道

1938年、大阪府生まれ。『にっぽん劇場写真帖』『写真よさようなら』など、のちの写真界に影響を与えた作品集を数多く出版。国内外で大規模な展覧会を多数開催。80年代末にはパリで暮らした経験も。2018年にフランス政府より芸術文化勲章シュバリエを、19年には“写真のノーベル賞”と呼ばれるハッセルブラッド国際写真賞を受賞。

<パリへの翼>
パリの航空券やホテル、ツアーを探す 
パリのアクティビティ一覧を確認する
マイルが貯まる・使える!ANAワールドホテル・ANAワールドレンタカーはこちら

翼の王国のアンケートにぜひご協力ください。
抽選で当選した方にプレゼントを差し上げます。