パリで見つけた200年続くラブレター 写真の原点へ
1826年、世界初の写真がフランスで生まれた。それから200年。写真誕生の節目を迎えたパリでは、歴史的作品から森山大道展まで、多彩な展示が街を彩る。巨匠たちが写真へ注いだ情熱に触れるたび、一枚の写真が未来へ残る理由が少しずつ見えてくる。
写真の生まれた国の、写真が恋する都

1826年の夏、ブルゴーニュの発明家・ニエプスが世界初の写真「エリオグラフィ(太陽が描く絵)」の撮影に成功した日から200年。彼(か)の国とその都には、いまも写真に心奪われた人の笑顔があふれている。年代物の機材を優しく撫で、宝物のようなネガをそっと透かし見て、時を忘れて作品集のページを繰り、そしてカメラを手に町をそぞろ歩く……。《写真》と《フランス・パリ》、それはまるで、互いを一途に想い続ける初恋相手のように─
写真誕生200 年祭を彩る、日本のカリスマの“写真愛”

クレマン・シェルー
Clément Chéroux
「今年9月から1年間、フランスは国を挙げて『ビサントネール・ド・ラ・フォトグラフィ(写真誕生200年祭)』を開催。数多(あまた)の美術館やギャラリーが写真関連の展示やイベントを実施します。現在、私たちが開催中の森山大道展も、写真誕生200年を記念した展覧会です」
こう話すのは「アンリ・カルティエ=ブレッソン財団(以下FHCB)」の館長、クレマン・シェルー氏。FHCBは20世紀を代表する写真家、アンリ・カルティエ=ブレッソンの作品や愛用した機材を保存、管理するとともに、ゆかりのある写真家や現代アーティストの企画展を開催している。

しかし、なにゆえFHCBは記念すべき年に、ブレッソンとは対極的存在と思われてきた森山展を選んだのか。
ブレッソンと森山は、ともにスナップ写真の達人という共通点がある。だが、そのアプローチは真逆だ。完璧なバランスで被写体が画面に収まる〝決定的瞬間〞を切り取るブレッソン。トリミングや撮影後の加工をよしとせず、レンズを通して見た世界をありのままフィルムに定着させるという〝美しい写真〞の定義を確立した。
いっぽうの森山は「アレ・ブレ・ボケ」の代名詞どおり、手ブレ、ピンボケなど意に介さず、欲望のまま街のノイズをダイレクトに掴(つか)み取る。信条は「写真は質より量」。〝決定的瞬間〞を待つことなどせず街を彷徨(うろつ)き、執拗(しつよう)にシャッターを切り続ける。そう、ブレッソンら先達(せんだつ)が築いた写真の美意識に、真っ向からノーを突き付けたのが森山だったのだ。

館長は「たしかにブレッソンと森山さんには違いはある」と前置きしつつ、続けた。
「今展のタイトルは『写真へのラブレター』。森山さんの写真への想いの強さは、比肩(ひけん)する写真家を探すことが難しいほど。今回は彼のマニフェストであり、ブレッソンの『決定的瞬間』と同等の歴史的価値を持つ作品集『写真よさようなら』を起点に、森山さんの写真愛を主題にキュレーションしました」

さらに館長は、展示中のある作品群(上)の前で、言葉を継いだ。
「一見、同じ写真が何枚も並べられたように見えるかもしれませんが、じつはすべて違う日に撮られた別々の写真です。写っているのは森山さん本人の寝室で、壁にはニエプスの『エリオグラフィ』のポスターが。森山さんはこれを毎朝、撮影に出る前に撮り続けたのです。彼ほどニエプスへ敬愛の念を持つ写真家はいません。それこそが、200年祭で森山大道展を開催する理由なのです」

会場・FHCBの建物は“伝説の写真家”ウジェーヌ・アジェも、かつて撮影している
アンリ・カルティエ=ブレッソン財団
Fondation Henri Cartier-Bresson
〝写真のモナ・リザ〟に秘められていた、ある事実
「写真誕生200年を祝し、特別なものをお見せしましょう」
笑みをたたえながらこう告げたシェルー館長は、ライトボックスの上に、35ミリのネガフィルムを1枚置いた。そこに浮かび上がったのは、水たまりを飛び越えんとする男性の姿……。それは「サン・ラザール駅裏」、1932年にブレッソンが撮影した〝写真のモナ・リザ〞とも呼べるような最高傑作のオリジナルネガだった。

「これは、ブレッソン作品のなかでももっとも重要な1枚。彼がシャッターを切ったのがコンマ数秒前なら、この男性はまだ飛んでいませんし、遅れていたら水たまりに波紋が生じて水面に映る男性の姿はなかった。まさに〝決定的瞬間〞を切り取った1枚なのです」
ブレッソン研究の第一人者でもある館長は、実際にブレッソンがこの写真を撮った「ライカⅠ型」を手にしながら「1つ、秘密を教えましょう」と続けた。

「皆さんがよく目にしてきた『サン・ラザール駅裏』のプリントと、このオリジナルネガに、違いがあることに気づきませんか? そう、ブレッソンは工事用の板塀(いたべい)の隙間にレンズを差し込むようにして撮影したため、写真の画角左側に板が被(かぶ)ってしまっていたのです。元来『撮影後のトリミングは構図の破壊』と、写真家生涯にわたりトリミングを嫌っていたはずのブレッソンが、この最高傑作では、完璧な構図を求めて自らその禁を破っていたのです」

写真 一井りょう
撮影・取材・文 仲本剛
<パリへの翼>
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