アントワープの魅力を紐解く歴史旅|港町から世界へ巡る文化と建築の物語
ヨーロッパ第二の港町として栄え、世界中から多様な文化や人々を受け入れてきたベルギーの都市・アントワープ。世界初の dedicated 取引所(旧証券取引所)の誕生やルーベンスをはじめとする芸術の発展など、この街は単なる港町にとどまらず、受け入れた文化を独自の価値へと昇華させてきました。
本記事では、スヘルデ川の歴史からサファイアハウス、美しいアントワープ中央駅まで、時代を超えて人々を魅了し続けるアントワープの歴史・建築・文化の魅力を詳しくご紹介します。
世界を迎え、世界へ送り出す街アントワープ

世界は、この街からベルギーへ入ってきた。空から眺めると、港も旧市街も川も、一つの風景の中につながっている。アントワープはヨーロッパ第二の港として知られる。だが、この街が受け入れてきたのは荷物だけではない。
商人。
文化。
思想。
そして新しい価値観。
世界中から届いたものは、この街を入口としてベルギーへ入り、その後、それぞれの土地へ広がっていった。

川は、世界へ続く道だった。スヘルデ川は北海へとつながる。中世から近代にかけて、この川を上ってきた船は、香辛料や織物、芸術品を運び込んだ。世界は海からやって来た。しかしベルギーは、それらをただ受け入れるだけでは終わらせなかった。新たな価値を加えていったのだ。


世界は、ここで価値へ変わった。1531年。世界初の専用取引所が、この街に誕生した。取引されたのは品物だけではない。
情報。
信用。
未来。
世界中から集まった商人は、この場所で新しい経済を育てていく。アントワープは、世界とベルギーを結ぶ「媒介」の役割を担っていたのである。
旅人は、街に文化を残していく。商人はこの街に滞在し、食べ、語り、新しい文化を持ち込んだ。ホテルは宿泊施設ではなく、異なる文化が混ざり合う場所でもあったのだ。
階段は、人だけでなく、時代も運んできた。商人の邸宅として建てられ、後にホテル、銀行に。そして再びホテルへ。建物の役割は変わっても、この階段は変わらず人々を迎え続けてきた。
サファイアハウスの総支配人は、リノベーションで最も大切にしたことを「歴史を残すことだった」と話す。新しいホテルを造ったのではない。歴史そのものを未来へつないだのである。
床は、何世紀もの足音を知っている。黒と白のモザイクも、この館が歩んできた時間を静かに受け継いでいる。世界中からやってきた商人が歩き、バンカーが歩き、そして今日も世界中から旅人が歩く。磨き上げられた床は新しく見える。
しかし、その下に積み重なった時間は新しくない。ベルギーでは、古い建物を保存するだけでは終わらせない。今も使い続けることで、歴史を未来へ受け渡していく。
世界は、芸術にも姿を変えた。ルーベンスはイタリアで学び、そのまま持ち帰ることはしなかった。ベルギーという土地の光と感性を重ね、新しい芸術へ育てていく。アントワープが受け入れてきたものは、文化として花開いていったのである。



世界は、今もこの街を通っている。帆船は列車になり、列車は飛行機になった。時代は変わっても、人が集まり、出会い、旅立つという役割は変わらない。駅を行き交う人々を眺めていると、この街は今も世界を受け入れ、世界へ送り出し続けていることが分かる。

アントワープは、港町ではない。世界をベルギーへ迎え入れ、ベルギーで育て、再び世界へ送り出す。その繰り返しが、この街をつくってきた。
ベルギーを旅すると、歴史も、建築も、芸術も、一つの文化だけでできているものはほとんどない。外から届いたものを受け入れ、自分たちの感性で編み直し、新しい価値として世界へ返していく。アントワープは、その営みを何世紀にもわたり続けてきた街である。
写真 Dice.M.P.
取材・文 山下マヌー
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