ナミュール要塞で見つけたもうひとつのベルギー|重なる歴史と地下に眠る要塞都市
ムーズ川とサンブル川が交差する交通の要衝に位置し、古くから数々の支配者によって築き上げられてきたベルギーの「ナミュール要塞」。かつてナポレオンが「ヨーロッパ最大の蟻の巣」と例えたこの要塞には、地上だけでなく約7キロメートルにも及ぶ壮大な地下坑道が張り巡らされています。
本記事では、スペイン、オーストリア、オランダ、ベルギーと支配者が変わるたびに時代が書き足されてきた要塞の歴史と、石壁に残る足跡を辿りながら、地下都市が語るナミュールの知られざる魅力をご案内します。
ナミュール要塞で見つけた、もうひとつのベルギー

町の運命を決めた2つの川がある。ナミュールを見下ろすと、二本の川が出会っているのがわかる。ムーズ川とサンブル川。古くからヨーロッパを結ぶ水運の要だったこの二つの川は、人も物も軍隊も、この場所へ導いた。
昔、この二つの川を渡る橋は一つしかなく、「橋を押さえる者が、交易を制する」と言われていた。だから、この丘には巨大な要塞が築かれた。しかし、この要塞は一人の王が完成させた城ではない。スペイン、オーストリア、オランダ、そしてベルギー。支配者が変わるたびに、新しい防御施設が付け加えられていった。

地下への入口は、歴史の入口でもある。厚い石壁の下に、小さなアーチが口を開けている。ここから先は、もう一つのナミュールだ。地上では城壁が町を守り、地下では、人知れず巨大な地下網が造られていった。城を見学するつもりで来たはずなのに、本当の驚きは、この入口の向こう側に待っていた。

地下には、もう一つの要塞があった。石段を下りると、空気が変わる。湿った空気。ひんやりとした石。長く続く通路。「ヨーロッパ最大の蟻の巣」とナポレオンが言ったという説があるが、まさにそのとおり。地下には約7キロもの坑道が張り巡らされ、伝令が走り、武器を保管し、食料や弾薬を運んでいた。地上の要塞を支えていたのは、この見えない地下都市だったのだ。
地下もまた、歩くことで見えてくる。ガイドの話を聞きながら歩いていると、地下道はどこまでも続いているように思えてくる。しかしこの坑道も、一度につくられたものではない。1815年、ナポレオン戦争後のオランダ統治時代、本格的な地下網の建設が始まり、ベルギー独立後も必要に応じて掘り進められた。第二次世界大戦ではコンクリートで補強され、ガス攻撃にも備える軍事施設となり、1977年まで軍によって使われていたという。地上の要塞が増築され続けたように、地下もまた、歴史を書き足しながら生き続けてきた。

石は、時代を忘れない。壁に刻まれた「1839」。それは展示のための演出ではない。この地下道が、その時代にも確かに使われていたことを伝える、小さな証言である。歴史は展示ケースの中ではなく、石そのものに刻まれている。

よく見ると、レンガの色も石の大きさも、積み方も、場所によって少しずつ違うのがわかる。スペイン時代。オーストリア時代。オランダ時代。ベルギー時代。前の時代を壊して造り直すのではなく、その上へ、また新しい時代を書き足してきた。地下にもまた、ベルギーらしい“Layers“があったのだ。

地下にも、ベルギーという国がある。出口へ向かって歩く。見上げれば石のアーチ。足元には何世紀もの人々が踏みしめた石畳。この地下道を歩いていると、要塞を見学しているというより、歴史そのものの中を歩いているような気持ちになる。
ベルギーを旅していると、文化も建築も、一つの時代だけでできているものはほとんどない。古いものを壊して新しくするのではなく、残し、受け継ぎ、必要に応じて少しずつ書き足していく。その積み重ねが、この国の風景をつくってきた。ベルギーの歴史は、地上だけに積み重なったのではない。ナミュールでは、その続きを地下で歩くことができる。
写真 Dice.M.P.
取材・文 山下マヌー
翼の王国のアンケートにぜひご協力ください。
抽選で当選した方にプレゼントを差し上げます。