海の窮状と魚のおいしさを直接語り、海を守る漁師たち〜長崎、海と暮らす旅vol.4
海に囲まれ海と生きる、長崎県の人々の生活を感じる旅へ。「長崎、海と暮らす旅」vol.4で取り上げるのは、県内最大の島である対馬。四方を海に囲まれ、多彩な海産物でうるおってきた。未来の美しい海や島の環境の持続のために柔軟な思考をもって立ち上がった漁師たちの活動を、本誌には掲載しきれなかった内容とともにお届けする。
周囲を巻き込み、新たなムーブメントを
豊富な水産資源に触れてきたからこそ、昨今の海の環境変化にいち早く気づいて警鐘を鳴らし、行動する人たちがここ長崎にいる。対馬で水産業を営む犬束(いぬづか)徳弘さん、祐徳(ゆうとく)さん親子は、一家をあげて多角的な活動に取り組む第一人者だ。
2022年に新たに始めた「海遊記」は、“漁師が直接語り見せる”というコンセプトの、画期的なクルーズ体験。「少しでも多くの人に、できるだけ楽しい方法をとりながら海の窮状を知ってほしい」との思いから考案した。マグロやサバの養殖場を見学したのち、海の中が砂漠化する「磯焼け」や、海外からの漂着ごみの現場へ。
一見美しい海でも海底では海藻が消え、生命の気配のない枯れ野原に。また、澄んで輝く透明なビーチへ上陸すると、足の踏み場もないほど多くのプラスチックごみが積み重なっている場所も。美しい海水や浜辺と漂着ごみとのコントラストは、息をのむほどショッキングだ。最後は磯焼けの原因となっている食害魚たちを釣りあげて、海のリアルな“今”を知る。
「アワビもサザエもイカも小魚も、海藻あってこそ繁殖できるもの。でも近年は、食害魚たちが異常繁殖して海藻を食べつくしているのです」と、犬束徳弘さんは教えてくれた。地球温暖化などの環境変化によって、イスズミやアイゴといった海藻類を主食とする“食害魚”が急増。海藻がガクンと減り、藻場を憩いや産卵の場所として生息する海の生き物がいなくなってしまうことが危ぶまれている。
そのまま食べると独特の磯臭さを放つ食害魚は、食用処理が大変で面倒だからと疎まれ、これまで捕獲もされず野放しに。他種のおいしい魚介類が豊富な対馬では特に、網にかかってもリリースされるなど、見向きもされていなかったのだとか。それゆえのびのびと繁殖を重ね、対馬の海の中の海藻を食べつくすまでに増えてしまった。犬束さん一家は、食害魚をおいしく食べる方法を模索して、“消費する”文化を人々の生活に定着させることで海の中のパワーバランスに一石を投じようとしている。“海を変えるために、まずは人間が変わってみよう”というわけだ。
徳弘さんの妻のゆかりさんを筆頭に一家で経営する「肴(さかな)や えん」では、しっかりと下処理をして仕上げたイスズミのメンチカツやアイゴのすり身揚げを提供。難易度は高いそうだが、適切な処理をすれば刺身にしてもまったく臭みを気にせず、むしろ高級魚さながらのまろやかで新鮮な味わいが楽しめる。
特にイスズミのメンチカツは、全国の漁師が東京に集い腕を振るう魚の祭典「第7回 Fish-1グランプリ」の「国産魚ファストフィッシュ商品コンテスト」にて、見事全国1位に輝いた注目のメニューだ。食害魚に“そう介”と愛称をつけ、消費の普及に努めることで、まわりの漁師たちや地域の意識も徐々に変化。食害魚のメニューが対馬の学校給食に採用されるなど、食育が進み、知名度は高まってきているそう。
地域と連携しながら、対馬の海を守る活動のトップランナーとしてつねに新しいアプローチを模索している犬束さん。貴重な話を直接聞けるクルーズ体験のあとには、食害魚たちを「肴や えん」でおいしく食べ、数を減らす手助けをするのもおすすめだ。
海遊記
肴や えん
写真:松園多聞 取材&文&編集:山下美咲