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神戸・北野を歩く 教会、モスク、シナゴーグが並ぶ町

神戸・北野を歩く 教会、モスク、シナゴーグが並ぶ町

TRAVEL 2026.10 神戸特集

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「ご近所さんですから」――モスクの隣で聞いた、神戸の答え。

北野を歩いていると、教会がある。少し歩くと、モスクがある。さらに行けばシナゴーグ。神社もあるし、関帝廟(かんていびょう)もある。

最初に地図で見たときは、「何故こんな近いところに?」と不思議に思った。でも、実際に歩いてみると、その理由が少しずつわかってきた。

神戸ムスリムモスクは1935年に建てられた、日本で最も古いモスクとして知られている。

神戸大空襲をくぐり抜け、阪神・淡路大震災も乗り越えた。いまも礼拝の場として使われている。
ここで聞きたかったのは、モスクの建築史ではなく、「どうして、こんなにいろいろな宗教が隣り合って暮らせるのか」ということ。

その質問に返ってきた言葉が、「ご近所さんですから」だった。

なるほど。そう言われると、急に話が簡単になる。

宗教が違う。
文化も違う。
食べられるものも違う。
祈る時間も違う。
でも、隣に住んでいる。
だから、夜遅くに騒がない。
道を塞がない。
相手が困っていれば声をかけあい、それぞれが協力する。
それだけのこと。

アザーンについても、早朝には流さず、昼間も周囲に配慮して音量を抑えるという。「宗教間の共生」という言葉を使えば、ずいぶん難しく聞こえる。でも、「隣の家=ご近所に迷惑をかけない」と言われれば、自分たちにも理解できる。

面白いのは、ここでは「違いをなくそう」としていないことだ。

ムスリムはムスリムのまま。
キリスト教徒はキリスト教徒のまま。
ユダヤ教徒はユダヤ教徒のまま。
それでも、一緒に暮らしている。

取材をしていて感じたのは、共生という言葉は、少し大げさなのかもしれない。北野で行われているのは、共生というより、もっと生活に近い感覚。互いの違いを、認め合い生活していることが心地よい…そんな感覚。

旅をしていると、宗教の違いを意識する場所は多い。国が変われば、教会も寺もモスクも変わる。でも北野では、宗教施設の違いより、その間を歩いている人のほうが気になる。

坂を歩くと次々見えてくる宗教施設。そしてまた歩く。その間にあるのは、特別な境界線ではなく、普通の道。神戸では、祈りと祈りの間にも、当たり前のようにちゃんと日常がある。

写真 清水健
文 山下マヌー

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