国枝慎吾、アメリカで車いすバスケに挑戦 パラ界の王者が目指す“第2の頂”
※ この記事は、翼の王国2025年1月号に掲載されたものです。

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
早いもので、私がオーランドに拠点を移して1年が経ちました。私にとっての2024年は、とてもチャレンジングな一年でした。現役時代から常に挑戦することを生き甲斐としてきましたが、生まれ育った日本とはまるで違う文化に触れ、暮らしに触れ、人々と触れ合って……私にとってそれは大きな挑戦で、とても刺激的な1年だったと思っています。そして、私という人間は、つくづく挑戦することが好きなんだなと、再認識した1年でもありました。
そして、2025年。私が挑戦したいのが車いすバスケットボールです。じつは、日本で生活していたころからすでに始めていて、昨夏からはここ、オーランドでも地元のチームの練習に参加させてもらっています。さらに今年は、試合に出場したいと考えているのです。

私が参加しているのは、NBAの名門から名前を拝借している車いすバスケのチーム「オーランド・マジック・ウィールズ」です。試合ともなれば、コート内に敵味方10人がいる団体競技。チームの仲間とコミュニケーションをとりながら、パスを交わしシュートを放つ……。練習では毎回、個人競技のテニスではなかなか味わえなかった、新鮮な喜びを感じさせてもらっています。ただ、バスケには、テニスではまず経験しない選手同士の激しいコンタクトも。体が直接、ぶつかることは稀ですが、車いす同士は激しく衝突します。その衝撃は想像以上で、練習後には腰が痛くなるなんてことは日常茶飯事です。
私が得意とするプレーはカウンター攻撃。テニスで培った走力を活かし、味方が相手チームの攻撃を防いだ瞬間、誰よりも早くゴール下に向かう。そして、味方からのパスを受け、レイアップ・シュートを決めるというのが、もっとも得意な形です。
ただ、そのレイアップの瞬間というのが、また怖いんです。必ず相手選手も詰めてきますから。実際、シュート体勢に入った無防備なところを後方から激突されて、もんどり打って転倒したこともありました。練習を見にきてくれる妻からも「怪我だけはやめてよね」と言われますし、自分自身、ヒヤリとすることも少なくありませんが、それでもいまは、怖さ以上にプレーの楽しさが何倍も勝ってしまっていて。やっぱり私・国枝慎吾は、まだまだ挑戦することを、やめられそうもありません。




国枝 慎吾
脊髄腫瘍のため9歳から車いす生活となり、11 歳で車いすテニスと出会う。四大大会とパラリンピックを制覇する「生涯ゴールデンスラム」を達成。23年1 月、世界ランキング1 位のまま引退。
2016年よりスポンサーシップ契約を結んでいるANAは、国枝さんの新しい挑戦を応援し続けます。
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