旅が人生を変える 音楽業界トップが語る“余白”の力──ユニバーサルミュージック藤倉尚
トップアスリート、アーティスト、経営者が通う会員制パーソナルトレーニングジム「デポルターレクラブ」の代表・竹下雄真さんが、各界の第一線で活躍するトップランナーと対談し、「旅」を通じて見えてくるウェルネスや仕事術などの秘訣などを伺う連載企画。
第4シリーズのゲストには、ユニバーサルミュージック合同会社社長兼最高経営責任者(CEO)・藤倉尚さんをお迎え、「人を愛する”ビジネス哲学」をテーマに、ヒットを生み出すための人材の活用方法やリーダーシップ論、そして、心と身体を整えるためのリトリートの考え方についてお話を聞きました。(全5回の5回目)
竹下 藤倉社長はよく旅をされるんですか?
藤倉 旅行は好きなんですけど、実際は出張ばかりですね。特に海外出張が多いです。プライベートで旅行するのは、ここ1年くらい行けていないかもしれません。
竹下 旅の中で、仕事や人生観が変わったような体験はありますか?
藤倉 そうですね。もともとは日本のアーティストを国内でヒットさせることに集中していましたが、社長になってからはライフスタイルが大きく変わりました。就任1年目なんて、2か月に1度はロサンゼルスに行っていたほどです。サンタモニカの本社に行くたび、知らないことだらけで刺激的でした。慣れない環境で評価を受ける緊張もありましたが、見たことのない街並みや食文化に触れることがすごく新鮮で。生活そのものが変わりましたね。
竹下 訪問先は主にアメリカ西海岸ですか?
藤倉 はい。本社があるロサンゼルスが多いですが、ニューヨークやナッシュビル(テネシー州)にもレーベルがあるのでケースバイケースです。それにロンドンも多いです。音楽市場として日本に次ぐ第2の拠点なので。最近では日本のアーティストが海外進出を始めていて、グローバル会議も多い。アーティストの公演に合わせてヨーロッパやアジアも、本当に行く機会が増えました。
竹下 一番「自分に合う」と感じる街はありますか?
藤倉 サンタモニカですね。訪れる回数が増えて、今では第二のホームタウンのような存在です。ホテルも常宿を決めていて、スタッフとも顔なじみ。今では部屋も毎回決まった部屋を用意してくれるんです。そういう安心感があって、とても落ち着きます。

竹下 旅先で印象に残っている出来事はありますか?
藤倉 あります。実は2013年11月、ロンドンで“奇跡”のような体験をしました。まだ社長になる前のことですが、アメリカ本社の指示で、イギリスでの1週間の研修に行きました。研修は順調に終わりましたが、帰国の日にナイツブリッジでお土産を買って、ホテルに帰ろうと思ったらバッグが開いていることに気づいて……。中にはパスポート、財布、カード、免許証まで全部入っていました。スリに遭ってしまったんです。よりによって帰国当日の出来事です。19時発のANAに乗るのに、どうしよう!となってしまって。
竹下 それは大変でしたね。
藤倉 本当に焦りました。「まず大使館へ」と言われて。日本大使館に行ったら「警察で盗難証明を取って、写真を撮ってきてください」と。そうしたらパスポートは発行できるけれど、さすがに今日中は無理だろうと言われました。とにかく身分証明もないので、日本の家族に連絡して船舶免許のコピーを送ってもらい、それを大使館に提出しました。警察に行き、写真を撮りに行って、とその段階ですでに午後2時半。ANAのフライトは19時発。間に合わないとあきらめかけていたら、大使館の方が対応してくださって、なんと4時間で臨時パスポートを発行してくれたんです。
竹下 すごい!
藤倉 しかも空港でチェックインしたとき、ANAのカウンターの方が「4時間で発行された方を見たのは初めてです」と驚いていました。あのときのショックと皆さんの優しさが本当に忘れられません。落ち込んだ気持ちと、人の温かさが一気に詰まった6時間でした。だから「思い出の街は?」と聞かれたら、ロンドンかなと。

竹下 社長就任前は、旅はあまりされなかった?
藤倉 韓国にはよく行っていました。KARAや少女時代を担当していた頃から、アジアでは一番訪れた国かもしれませんね。でも、旅って本当にいいですよ。人が「旅は人生を変える」と言う理由が分かる。人生観が変わる瞬間って、「場所を変える」「会う人を変える」「時間の使い方を変える」この3つしかないと思うんです。引っ越しできなくても、旅先で環境を変えることで新しい発見が必ずあります。
竹下 いま話題の“リトリート”の考え方にも通じますね。
藤倉 そうですね。今は、アーティストのライブなどを観に全国を回りますが、実はそうした出張の中に「余白の時間」があるんです。東京だとスケジュールがびっしり埋まっていますが、地方だと移動の合間やライブ前後の時間、大事なお客様とディナーするまでの時間などに、町を歩いたり、美味しいものを食べたり。そういう時間が、自分の中のエネルギーをチャージしてくれる気がします。
竹下 ライブのついでにグルメや観光も?
藤倉 もちろん(笑)。CDショップにも行きますが、どうしても仕事になっちゃうので、最近は自然や文化を感じられる場所が多いですね。「せっかく来たんだから行ってみよう」と。
竹下 その“余白”が、創造の源になる。
藤倉 まさにそうです。トレーニングでも同じですが、休憩中にふっとアイデアが浮かぶことがありますよ。だから、スケジュールを詰め込みすぎず、余白の時間を持つことが大切だと感じています。例えば、普段と違うものを見ているときでも、無意識のうちに仕事のことを考えていることがあって、そうした余白の時間に思いがけないアイデアが生まれる。「休む」って、単なる停止ではなくて、頭の中を整理したり、無意識のうちに考えていたことが形になる時間なんです。

竹下 藤倉社長にとって“旅”とは何でしょう?
藤倉 非日常を求める時間ですね。やはり、日々の繰り返しだと、どうしても考えることはアーティストや社員のことなど仕事のことが多くなりがち。もちろん、それを考えるのが社長の仕事なのですが、旅先では思いもよらない出会いや風景、サプライズに出会える。ドキドキやワクワクが生まれる瞬間が、何よりの刺激です。
竹下 人との出会いもありますね。
藤倉 そう。音楽業界にいると時折「皆さん若いですね」って言われることもあります。それは、もちろん大変なこともたくさんありますが、きっとこの“ドキドキとワクワク”があるからだと思います。アーティストが輝く瞬間を間近で見たり、ライブ会場でお客さんが感動している光景を見ると自分まで感動してしまう。心を震わせることが、日々の活力になっていると感じています。
竹下 ドキドキとワクワクが若さの源。
藤倉 そうですね。それがなくなったら、心が老けてしまう気がします。
竹下 本当にお若いです。まったく変わらないですよね。
藤倉 デポルターレに通わせてもらっているおかげですよ(笑)。
藤倉 尚 | ふじくら なおし
1967年東京都生まれ。1992年にポリドール株式会社(現・ユニバーサル ミュージック合同会社)入社。邦楽レーベル・ユニバーサルシグマ宣伝本部本部長、同プロダクトマネジメント本部本部長などを経て2008年、執行役員就任。2012年に副社長兼執行役員就任、邦楽事業を統括。2014年1月より現職。米ビルボード誌がアメリカ以外の国で音楽ビジネスの成功を牽引しているリーダーを称える【Billboard Global Power Players】に2019年、2021年から2025年と日本から初めての5年連続で選出され、計6度の受賞に輝いた。
デポルターレクラブ代表 竹下 雄真 | たけした ゆうま
会員制トレーニングジム「デポルターレクラブ」代表。1979年、神奈川県茅ヶ崎市生まれ。早稲田大学スポーツ科学研究科修了。都内パーソナルトレーニングジムにてトップアスリートをはじめ多くの著名人の肉体改造に携わる。著書に『外資系エリートはすでに始めているヨガの習慣』(ダイヤモンド社)、『ビジネスアスリートのための腸コンディショニング』(パブラボ)などがある。