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『福井/ぼた餅化け物』

『福井/ぼた餅化け物』

ENTERTAINMENT 福井県

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ニッポン全国津々浦々、数千もの伝承があるとされる中から都道府県ごとに一匹の妖怪を選び、独自の解釈で造形しました。
妖怪に誘われるがまま旅にでかける空飛ぶ百鬼夜行に、ようこそ。

ぼた餅化け物

福井県新庄村(現・鯖江市)の農家で起きた不思議。床下から聞こえる家人の声真似に覗き込むが何もなし。狸か?狐か?と問い正しても否と言う。最後に「ぼた餅か?」と聞くとそうだと答えた。

ご利益:先客万来

平和な時代の妖怪は声はあっても姿は見えず

 日本都道府県、数千もの妖怪がいれば姿のない妖怪も珍しくはない。時は1780年代、橘南谿(たちばななんけい)()という医者が全国を七年かけて巡歴し、奇事異聞をまとめた『東西遊記』の中にこのぼた餅化け物が登場する。国内が平穏で、知識人の諸国漫遊とやらが流行した時期だった。記された話は「床下の声」。あるとき、越前国鯖江の近くにある新庄村(現在の鯖江駅の東側から花筐(かきょう)公園あたり)にあった農家の床下から家人の声真似が聞こえてくる。住人は驚き床下を見るが誰もいない。安心して床を塞ぐとまた声が聞こえる。噂になり連日人が詰めかけるが、己は何者かと尋ねても全て否という。狸、狐、猫、イタチ、カワウソ……全てに在らずという答えに困り果て、ではぼた餅か?と聞くとそうだと返す。そしてその声は「ぼた餅化け物」と呼ばれ、興味に駆られ偉い役人も大勢やって来たが、なぜか彼らが来ると押し黙る。1ヶ月ほど経つと何も聞こえなくなった。

 逸話をもとに造形したぼた餅化け物と一緒に福井に行ったのは、ちょうど春のお彼岸時。リアルぼた餅を持ち、鯖江市に保存されている県内最古の民家「旧瓜生家」を訪れた。のどかな農村に巻き起こった噂話は、当時の平和な空気も相まって、尾鰭(おひれ)も付いていったのだろう。さて調べてみると福井には餅店が驚くほど多い。そう、ここはまさに「餅の国」だったのだ。

旧瓜生家住宅。元禄元年に建てられた県内最古の民家で国の指定文化財。ぼた餅化物はこのような民家の床下に居たものと思われる。予約の上内覧ができるが、もちろん床下までは見ることはできない。

旧瓜生家住宅内部の囲炉裏。ほんのり入る外光に、古の暮らしが偲ばれる。800年以上も神明社の宮司を務めた瓜生家の住宅跡に建つ。

伝承地のあたりである、花筐公園に保存されている古民家周辺をぼた餅化け物と散歩した。

妖怪と訪ねる餅屋の数々。目にも舌にも大満足

 福井市の餅の消費額*は全国でもトップクラス。きれいな水と気候が米作りに適し、そこに稲作信仰が浸透した。貴重な砂糖をあんこに使うぼた餅類は供物に好まれ、慶事を彩る食品として人と人を繋いできた。実は筆者も無類の餅好き。ぼた餅(おはぎ)とは県民にとってどんな存在なのかを、福井新聞社発行の地元フリーペーパー「月刊fu」編集部で伺った。80代の方々はご飯として、例えば味噌汁と一緒に食べる人も珍しくないそう。その下の世代では間食とするがその分ご飯を減らすことも。若い世代や子どもも慣れ親しんでいるものなので、家にあれば喜ばれる。自家製でなければここで買う、と心に決めたお店がある。

 福井の餅行脚(もちあんぎゃ)は、福井口駅近くの「大吉餅」から。江戸時代後期の創業で現在は10代目が店頭に立つ。お彼岸には色とりどりのぼた餅が登場し、柔らかな餅と繊細なあんこに思わずうなる。また地域の名産である、きなこと黒蜜のあべかわ餅は注文後に店内で仕上げてくれる。

 そして福井駅から車で5分ほどのJA福井「(き)(や)」へ。お彼岸のぼた餅の売れ方が尋常でないと噂に聞いて行ってみたがその通り、山積みだったものが早回しのようになくなっていく。大きいが甘さは控えめ。あんこ、きなこ、ごまの違いも際立ち、飽きのこないぼた餅だった。徐々に南下し、鯖江付近で数軒の餅屋に立ち寄り、さらに南下した武生駅近くでは「新珠(あらたま)製菓」へ。お彼岸の時期のみぼた餅が並ぶが、こしあん、芋、抹茶などのバリエーションに富み見た目が美しい上、米の粒の感触が残る食べ応えのある餅だ。立ち寄れた店は2日で8軒。もちろんまだたくさんの餅屋があるが胃のキャパに限りがあるのが悔しい。餅は柔らかさが命、なるべく早く、できればその場で食べるのが吉だ。

 ぼた餅はまた秋のお彼岸(9月20日〜26日)に帰ってくるが、いつ訪れても店頭にはさまざまな餅菓子に溢れている。「2024年には待望の新幹線が開通するぞ、餅だけを目当てに福井に行くのも大いにありだ」とぼた餅化け物も床下から(ささや)いている。

餅消費額*=令和4年(2022年)の発表では福井市が金沢市、富山市に次いで全国3位(総務省統計局家計調査)

福井駅そばの「大吉餅店」のぼた餅(おはぎ)。まん丸で愛らしく、お彼岸時期のみに大吉餅の店頭に登場する。ごま、きな粉、青のり、つぶあん。ごまと青のりにはあんこが入る。絶妙な取り合わせに独り占め必須だ。4月と9月のお彼岸になくてはならないもの。

あべかわ餅を注文後にカウンターを覗くと、仕上げの様子が見られる。きめが細かく隅々まで柔らかな餅と、甘すぎずコクのある黒糖黒蜜のコンビネーションに悶絶。あべかわ餅は一年中食べることができる人気商品。大吉餅の店頭には、ひっきりなしに客が訪れる。

お彼岸に並ぶ「(き)(や)」のぼた餅。居合わせた客に聞くと、この時期はいつも朝一番から大盛況で、できるだけ開店時に来るとのこと。飛ぶようにぼた餅が売れてゆく。

新珠(あらたま)(あらたま)製菓」のお彼岸用ぼた餅。心が躍る美しさ。こちらもお彼岸限定でぼた餅が売られるが、通常時も餅をはじめとした和菓子の種類は豊富!

森井ユカ

立体造形家/キャラクターデザイナー ポケモンカードゲームのイラストレーション、小麦粘土セット『ねん Do!』のディレクションなどを担当。著書多数。

出典:『東西遊記 1』橘南 谿(平凡社)/『おいしい食文化が息づく 福井のお餅』(福井県交流文化部ブランド課)/『日本の食生活全集18 聞き書 福井の食事』(農山漁村文化協会)/『月刊 fu』2022.3月号「もちもちが、好きです。」(福井新聞社)/『家計調査概要(福井市の家計)令和4年』

(福井県)鯖江市観光公式ガイド

取材・文・造形 森井ユカ
撮影 原ヒデトシ
編集 中野桜子