そうめんの可能性は無限大 湧き水が育む島原半島グルメを味噌五郎がご案内
ニッポン全国津々浦々、数千もの伝承があるとされる中から都道府県ごとに一匹の妖怪を選び、独自の解釈で造形しました。
妖怪に誘われるがまま旅にでかける空飛ぶ百鬼夜行に、ようこそ。
味噌五郎
島原半島の雲仙岳に棲む大男。気がよく力持ち。山盛りの味噌と引き換えに、山の開墾などの大仕事を請け負う。西有家町須川(にしありえちょうすかわ)商店街では毎年「みそ五郎祭り」が催されたくさんの人々で賑わう。
ご利益:事業発展
あの山も、この湾も 全て味噌五郎の通り道
味噌五郎は、とんでもない大きさだ。身の丈2000m以上のだいだらぼっち(長野県)を日本最大の妖怪と紹介したことを、早々に撤回しなければならない。「雲仙岳に腰をかけ、有明海で顔を洗う」姿から計算すると身長3900m、なんと富士山より高いことになる。ここ一番に巨大化するという説もあるので、日本の特撮ヒーローもののルーツかもしれない。
伝承は島原半島の雲仙を中心に広く点在している。気は優しくて力持ちの大男、山や湾は味噌五郎が気まぐれに動いた痕跡だ。美しい風景を眺めるのが大好きで、嵐で流れる船を繋ぎ止めたり、大好物の味噌のためなら喜んで力仕事を手伝ってくれる。名前の「味噌」は無双(むそう)や未曾有(みぞう)、「五郎」は御霊(ごりょう)からの音転嫁という説が有力らしい。古くは733年の備前風土記にあるといわれ、少しずつ民話として熟成された。
そんな味噌五郎の「みそ五郎祭り」が4年ぶり39回目の開催と聞き、南島原市へ飛んだ。市の産業を盛り上げるために始められた手作り感のある温かい祭りだ。味噌五郎の山車(だし)から餅や菓子が配られるのがクライマックス。あちこちに味噌五郎像があり、筆者も船を助ける味噌五郎を作り現場に持参した。
みそ五郎まつりは23年11月4〜5日に開催。西有家町須川商店街を通る味噌五郎の山車は、普段は近くの市役所で見られる。原型は市役所職員がデザインした。
……と、名前も逸話も味噌に絡むためすっかり味噌気分であったが(島原味噌という地元の味噌もある)、ここ島原で筆頭に挙がる名産品はそうめんだった。
島原灯台近くの船着場。
島原半島の山と水が育む めくるめくご当地食の世界
温暖で澄んだ水が湧く島原半島は、南蛮貿易の歴史もある全国有数の手延べそうめんの生産地。数百軒の製麺所があり全国に出荷されているが、そうめんを食べられる専門店は『麺商 須川・面喰い』だけ。
人気メニュー「みそ五郎そうめん」は地元の白味噌に赤味噌を合わせたコクのある汁にコシのある手延べそうめんがよく似合う。寒い日には全身が温まる、看板の「みそ五郎そうめん」は1989年の創業時からのおなじみメニュー。
長崎らしい「そうめんちゃんぽん」は塩味の中華ベース。店の前には島原そうめん発祥を記す碑がある。
麺商 須川・面喰い
また2016年にオープンした新たなそうめんの名所が『南島原食堂』。16種類のそうめんが一度に楽しめる「おかえりそうめんセット」は壮観だ。一口サイズのお碗が並ぶ。自分でそうめん料理を作るときのヒントにもなる。
懐かしさでいっぱいの廃校を再利用し、同じ集落に住む皆さんが切り盛りする。メンバーは歌謡曲が大好き、鼻歌交じりに盛り付ける。食材は季節で変化あり。ぶっかけやたぬき、ジュレかけやカプレーゼまでが一口ずつ並び、あっという間に完食!そうめんの可能性の底力を見た。
南島原食堂
白玉団子に蜜をかける愛らしいかんざらしも、山の水の恵み豊かな島原らしいスイーツで、貴重な米粉の団子を湧水の中で保存したのが始まりだ。大正4年に入江ギンさんが始めた元祖かんざらしのお店が『銀水』。ひとつひとつ手作業で丸められた白玉団子、これらが蜜に浮いているのは銀水だけ。お土産用のセットもあり。店の横の湧水場では地元の人が野菜を洗うなど、生活用水として利用している光景も見られる。
「浜の川湧き水」の傍に建つ銀水。季節問わず一定の水温を保つ湧水だからこそ、美味しいかんざらしができる。なんと店内にも湧き水が湧く。建物は文化庁の登録有形文化財。
銀水
そして具雑煮(ぐぞうに)も、農林水産省の「農山漁村の郷土料理百選」に選ばれたこともある実力派のご当地食。島原の乱の最中に山海の食材を集め煮炊きし、保存食の餅を入れたのが始まりといわれる。10軒ほどが提供する中、『姫松屋』は1813年に創業の老舗。鰹出汁(かつおだし)がまろやかで、13種類もの具材が飽きさせない。
13種の具材は九州産。具雑煮にご飯と小鉢類がついた定食もあり。ボリューム満点だがいつの間にか胃に入る。
元祖 具雑煮 姫松屋 本店
長崎は地域ごとの特色が際立つモザイクのような県。次はどんな妖怪に会いに行こうか。
森井ユカ
立体造形家/キャラクターデザイナー ポケモンカードゲームのイラストレーション、小麦粘土セット『ねん Do!』のディレクションなどを担当。著書多数。
出典 『嶽南風土記』No.14,2(有家史談会)/『ふるさと閑話 おどんがこまんかとき』白石正秀(口之津町文化 協会)/『日本の民話48 長崎の民話』吉松祐一(未來社)/『長崎のむかし話』(長崎県小学校教育研究会国語部)/ 島原市公式サイトwww.city.shimabara.lg.jp
取材・文・造形 森井ユカ
撮影 原ヒデトシ
編集 中野桜子