吉野の気高さを描いた土牛~日本画聖地巡礼11奈良
日本画専門美術館として半世紀以上の歴史を誇る『山種美術館』。本連載は同館の山﨑妙子館長をナビゲーターに、傑作が生まれた〝聖地〟を巡る。名画の世界を追体験し、その地に立った画家たちの視点を再発見していく。(全12回)
『吉野』奥村土牛×奈良・吉野山
古くから桜の名所として名高い奈良県吉野山。現在、桜は約3万本あると言われ、標高の低い区域から、下千本、中千本、上千本、奥千本という名称がついています。
各区域で気温や地形、土壌など環境が異なるため、下千本から奥千本までを約一か月間かけて桜を楽しめるのが特徴で、花盛りの時期には多くの花見客でにぎわいます。
そんな吉野山の桜を描いた本作品。作者は日本画家の奥村土牛です。
土牛は1972(昭和47)年に初めて吉野山を訪れており、「吉野の桜は毎年毎年、春になるとぜひ見たいと思いつつ、見そびれていたものであった」という言葉からは、念願であったことが伝わってきます。
吉野山にあふれる桜の歴史は、約1300年前までさかのぼると言われています。
修験道の開祖とされる役行者(えんのぎょうじゃ)が、修行の際に感得した金剛蔵王権現(こんごうざおうごんげん)の姿を感じ取り、それを山桜の木に刻み、本尊として吉野山にお祀(まつ)りしたことが起源とされ、その後もご神木として献木され続け、今のような一面に桜が広がる光景が生まれたようです。
土牛は吉野山について「華やかと言うよりも気高く寂しい山であることを知った。いざ制作している中(うち)に、何か荘厳の中に目頭が熱くなった。何か歴史画を描いて居る思いがした」と語っています。
本作品は歴史の重みを感じながらの制作でもあったのでしょう。画家が胸を熱くした風景を見に出かけてみませんか?
(山種美術館学芸部)
おくむら・とぎゅう
1889年、東京生まれ。梶田半古に学ぶ。1927年、院展に初入選、1932年に同人となる。1947年、帝国芸術院会員。1962年、文化勲章を受章。1978年、日本美術院理事長。薄い絵具を何重にも塗り重ね、淡い色調によるおおらかで温かみのある作風を確立した。1990年没。享年101。
吉野山
奈良県吉野郡吉野町吉野山2430(吉野山ビジターセンター)
アクセス:近鉄・吉野駅より車で約15分
日本一の桜の名所として知られる吉野山。桜の季節が終わると、紫陽花が咲き誇り、夏季は森林浴が楽しめ、紅く染まった秋の山も絶景。さらに冬季。雪景色のなかに佇む名所・旧跡の荘厳さをも見もの。
https://yoshinoyama-kankou.com
やまざき・たえこ
慶應義塾大学経済学部卒業。東京藝術大学大学院後期博士課程修了。学術博士。在学中は日本美術史を学ぶとともに日本画家・平山郁夫氏に日本画の手ほどきを受ける。2007年5月、山種美術財団理事長兼山種美術館館長に就任。著書『速水御舟の芸術』(日本経済新聞社)ほか。各所での講演会などを通し、日本画の普及を幅広く行っている。
【特別展】日本画聖地巡礼―東山魁夷の京都、奥村土牛の鳴門―
「山種美術館では、名だたる画家たちが制作のために自ら訪れ、描いた実在の場所を日本画の『聖地』と位置づけ、その地がどんな場所なのかを写真や地図などでご紹介し、作品とともにご鑑賞いただく展覧会を開催いたします。現地での写生や画家自身の言葉も合わせて展示し、画家の『聖地』への眼差しを追体験していただくのみならず、なぜ実際の風景とは異なる構図や色調にしたのかなど、作品に込めた想いを再発見していただきたいと思います」(山種美術館 館長・山﨑妙子)
会場:山種美術館 東京都渋谷区広尾3-12-36
TEL:050-5541-8600(ハローダイヤル)(9時~20時)
会期:2023年9月30日(土)~11月26日(日)
休館日:月曜日※10/9(月)は開館、10/10(火)は休館
開館時間:10時~17時(入館は16時30分まで)
入館料:一般1400円、大学生・高校生1100円、中学生以下無料(付添者の同伴が必要です)
案内人:山﨑妙子(山種美術館 館長)