メインコンテンツにスキップ
葉加瀬太郎×ANA井上慎一社長 自分を楽しむことこそ キラキラを生む美学

葉加瀬太郎×ANA井上慎一社長 自分を楽しむことこそ キラキラを生む美学

ANA REPORT 社長挨拶

share

大阪のパワーが、日本を変えると信じたい

井上 私は大阪が大好きなんです。先月、ついに大阪・関西万博が開幕しました。そもそも子ども時代、1970年の万博に大変感動いたしまして。社会人になってからも何度も足を運びましたし、10年ほど暮らしたことも。私は大阪という町には、何か新しい文化を生み出す力というものがある、そう感じているんです。葉加瀬さんは、大阪生まれというバックグラウンドを感じるようなことは、ございませんか?

葉加瀬 あります。「自分は大阪人」という自覚がすごくある。18歳までしか暮らしていませんし、その後に拠点を置いた東京やロンドンでの時間のほうが、もはや長くなってしまいましたが、いまも、僕のルーツは大阪、僕の人格はあの町で育まれた、そういう思いが僕の中ではとても大きいです。

井上 私は、大阪の方と接していると「みなさん、エンターテイナーだな」と感心することが多々あります。会話がお上手で、相手を楽しませることにとても長けていらっしゃる。

葉加瀬 そうですね。じつは小学校の学級会の時間がすでに、漫才の練習みたいになっておりましてですね。必ず誰かがいっぺんボケるんです(笑)。すると別の誰かの「何、言うてんねん!」というツッコミが入って。するともう一人の子が「そうそう、それやな」と(笑)。推論ですが、秀吉さんの時代、堺に集められた商売のスペシャリストたち、そんな口八丁手八丁に秀でた商人たちのDNAが、いまも大阪の人には脈々と受け継がれているんじゃないかと思います。

井上 深く同意します(笑)。その、葉加瀬さんの地元・大阪で、1970年以来の万博が、ついに開幕しました。大阪大好きな私は、とってもワクワクしております。そして、大阪のパワーが、また、この日本を変えてくれるんじゃないかと期待しているんです。葉加瀬さんご自身は、万博について、どんな思いをお持ちですか?

葉加瀬 僕は1968年生まれなので、前回の万博の記憶はないんです。ただ、会場で撮った家族写真が実家にはありましたから、万博に行ったことは間違いないようです。それに、実家は千里でしたので、太陽の塔が毎日、目に飛び込んでくる、そんな子ども時代を過ごしていました。また、ファーストネームが同じということで、幼かった僕は、勝手に岡本太郎さんにシンパシーを感じ、少なからず、人生にも影響を受けました。

井上 太陽の塔を毎日、眺めて育ったんですね?

葉加瀬 はい。毎日見ているうちに、自分の心のシンボルのようになっていました。ですから、いまも僕の自宅のスタジオには、ミニチュアですが、太陽の塔がドンと鎮座してるんですよ。

井上 え、そうなんですか⁉

葉加瀬 はい。創作の現場で太陽の塔を眺めては、少しでも偉大な先人の気持ちをいただきたい、そんなふうに思っています。

井上 なるほど。

葉加瀬 前回の万博で示した大阪のパワーというものが、あの時代の日本の成長を、少なからず牽引していたところがあったと思うんです。そして、今回。井上さんがおっしゃるように、万博を契機に、大阪のパワーでもう一度、新しいムーブメントを起こすことができたら、素晴らしいと思っています。僕もこの5月、大阪の百貨店で展覧会を開いています。大阪のパワーを絵筆にのせて描いた絵画を展示しています。

葉加瀬家の“教え”は「はいは2回!」

井上 葉加瀬さんは後進である若手の育成にも尽力されていると聞きました。

葉加瀬 そうですね、できる限りのことはやりたいなと、常々、考えています。

井上 じつは私どもANAも、微力ではあるのですが、若手芸術家を支援させていただいております。具体的には、2016年に「ANAスカラシップ」という制度を立ち上げ、新国立劇場の研修生たちをサポートしているんです。私も入所式などに出席させていただいているのですが、若い彼らの顔つきが素晴らしいんです。その顔には、喜びだけではなく、「これからプロとしてやっていくぞ!」という覚悟がうかがえる。そこで、というわけではありませんが、先輩芸術家である葉加瀬さんから、音楽に限らず「これから世界に挑んでいくぞ」という若い人たちに向けて、メッセージをいただけませんでしょうか。

葉加瀬 皆さんの若い力をもってすれば、必ず夢は実現できると僕は信じていますから。僕から言えることなんてほぼありませんが、強いて言うならば、僕自身がいつも思っていたことは「やりたいと思ったら悩む前にまず一歩、踏み出そう」ということでしょうか。やるべきか否かと躊躇なんてしていたら、何事も途中で終わってしまうと思うんです。突き進みながら考えればいいんだと。

井上 葉加瀬さんご自身も、そのように突き進んでこられた?

葉加瀬 そうですね。十代のころの僕には、わけのわからない自信みたいなものだけはあった気がします。それだけでもう、走り始めてしまったというか。ですから、もし若い人に伝える言葉があるとしたら「楽しそうなことに対する好奇心と瞬発力を大切にしてください」でしょうか。とにかく「止まってしまったら成長しない」と言いたいかな。あと、自分の子どもたちに常々、言ってることとしては「大人の言うことなんて聞くな!」です。

井上 その真意はなんでしょう?

葉加瀬 やっぱりこれも、自分自身がそうしていたから、ですね。大人からいろいろ言われたとしても、右の耳から左の耳に聞き流してしまえ、と(笑)。

井上 それは、何よりも自分の思いを優先するということでしょうか?

葉加瀬 そうです。それから、うちでは子どもたちが物心ついたころから「はいは2回!」と教えてます。本来は「はいは1回!」というのが、親が教えることだと思います。でも僕は、親や学校の先生から何を言われようが、気分としては「はい」は2回、「はいはーい」と軽い気持ちで聞いていなさい、と教えてきました。もう、うちの子は2人とも大きくなりましたけど、いま僕が何かを言っても「はいはーい」と返事しますよ(笑)。それが我が家の信条なんです。

井上 まずは自分で考えなさい、という教えですね。

葉加瀬 そうです。いろんな大人がいますし、上から押し付けられた意見を聞いてるだけではダメだと思うんです。

音楽でもっとも大切なのは「無邪気な喜び」

井上 葉加瀬さんは昨年、平均年齢60歳というバンドを新たに結成されたんですよね?

葉加瀬 はい、「TARO HAKASE & THE LADS」というバンドです。

井上 そのバンドで全国ツアーもされていると。ただでさえご多忙な中、新しいことに挑戦されるのは素晴らしいですね。

葉加瀬 僕の人生というものを改めて振り返ってみると、17、18歳の時点で「やりたい!」と思ったことを、いまだに続けているだけなんです。発想力や体力がある意味ピークだった10代の終わりに「あれもやりたい、これもやりたい」とブワーッと自分の中から湧き出てきたアイディアの一つひとつを遂行し続けているだけ、そんな気がしていて。TARO HAKASE & THE LADSというバンドを組んだのも、決まっていた“やるべきこと”の一つなんです。

井上 そうなんですね。

葉加瀬 はい。僕自身、年齢を重ね体力は落ちてきていますし、スピード感も鈍ってきています。そこは経験で補いながら、なんとか進んでいるんですが……。ただ、音楽というジャンルでもっとも大切なものは何かというと「無邪気な喜び」だと思うんです。

井上 え、無邪気な?

葉加瀬 そうです、無邪気な(笑)。その点、平均年齢60歳とはいえ、THE LADSのメンバーは演奏中はもちろん、ステージを離れたところでも無邪気といいますか、“心の若さ”が中学2年生で止まったまま、みたいな大先輩ばかりでして(苦笑)。

井上 無邪気そうですね(笑)。

葉加瀬 もう少し、大人になってほしいな〜、なんて思うことも、なきにしもあらずなんですが(笑)。でも、その無邪気さから、音楽の強さみたいなものが、本当に生まれてくるんです。

井上 なるほど、無邪気さこそが原動力?

葉加瀬 もともとは、僕のツアーのサポートメンバーとして集まっていただいた方々でした。でも、顔ぶれを見ると、あまりにも素晴らしいメンバーが奇跡的に集っていて。だったら、もっと自由に彼らの音楽をアウトプットしてみたい、そう思ってバンドを組むことにしたんです。僕は従来、割と若手で、凄腕で、何でも言うことを聞いてくれるミュージシャンにサポートメンバーをお願いしていました。ツアー中、ステージが終わるたびに、いわゆる“ダメ出し”をするんです。「明日のステージ、ここを直してほしい」という具合に。すると、彼らはきっちり丁寧に直してくれる。それが普通だと思っていました。

井上 なるほど。でも、THE LADSのみなさんは違った?

葉加瀬 そうなんです(苦笑)。彼らと出会ったのは2020年。はじめのうちは、それまでと同じようにダメ出しをしていましたが、彼らは一向に言うことを聞いてくれないんです。

井上 それは面食らいましたね。

葉加瀬 僕が注文をつけると、みんな口では「オッケー、オッケー」と言いながら実際、次のステージではまるで違う音を出す。「これはいったい、何が起こっているんだ?」と、途方に暮れました。

井上 統率が取れませんね。

葉加瀬 そうなんです。でも、僕もそこで考えました。そして、気がついたんです。彼らは数十年、自分の道を突き進んできたプロ中のプロ。たとえばベーシストなら、ベース一本で生きてきた大先輩です。そういう人にとって、年間40回、50回とあるステージで毎回、同じような演奏をすることは面白くないし、その面白みのなさというのは、お客さんにもどんどん伝わっていく……。そのことを、彼らは言外に僕に伝えてくれていたんです。その日、その瞬間の気分を表現することが、音楽にとっていかに大切かというのを演奏で教えてくれていたんです。

井上 音を楽しむと書いて音楽ですもんね。

葉加瀬 そうなんです。そこに気がついてからは、僕もステージや音楽の作り方について、考え方を一新することに。気づけば僕自身、音楽に対してとても自由になれた、そう思っているんです。そのようにして昨年、彼らと一緒にTARO HAKASE & THE LADSというバンドを組んだわけです。僕を含めて10人、それぞれの音楽的ルーツはバラバラで、言うなれば多国籍みたいなバンドなんですが。その違いから生まれる化学反応がいまは最高に楽しいんです。

井上 葉加瀬さんご自身も音を楽しんでいらっしゃるんですね。

葉加瀬 はい。そんなふうにして始まったバンドですから、いまさら音楽性の違いで喧嘩別れなんてないと思うので。「誰かが欠けてしまうまでは続けましょうね」と言って頑張ってます。

正しく自分本位で、目指すはイタリア的イケオジ

井上 素晴らしい。いま、葉加瀬さんのお話を聞いていて、私はイタリアの人の姿が頭に浮かびました。

葉加瀬 イタリアの人?

井上 はい。じつは弊社は昨年末、羽田―ミラノ線を就航しました。私も四半世紀ぶりにイタリアを訪問しました。そこで目にしたんですが、私と同世代の現地の人たちが、みな、格好いいんですよ。

葉加瀬 たしかにイタリアの人って格好いいですよね。

井上 「なぜ格好いいんだろう?」と考えていたんですが、その答えと、いま葉加瀬さんからうかがったTHE LADSのみなさんの生き様に相通ずるところがあるんじゃないかと。

葉加瀬 ありますね。

井上 イタリアの人も、THE LADSのみなさんも「自分」を楽しんでいらっしゃる。「私は私の生き方でいくんだ」という、自分のスタイルを貫く姿勢、そんなものがある気がします。

葉加瀬 たしかにそうですね。イタリアって、人間が人間を楽しんでいる、そういった国だと思います。正しく自分本位に世界を完結させる、そんな美学がある。とくに年を重ねた男性、いわゆる「イケオジ」と呼ばれる方々には必ず、そんな美学があると思います。

井上 まさに、そうだと思います。そして、葉加瀬さんのバンドのみなさんの姿勢にも、同じものを感じました。みなさんは我々、同世代の日本人が目指すべき、キラキラしたイケオジなんだろうなと。

葉加瀬 わあ、それは嬉しい。私たちにとって最高の褒め言葉です。いまや人生100年時代、60歳なんてまだまだヒヨッコですからね。メンバーともども、これからもさらに音楽を、いや、人生を楽しんでいきたいと思います。

葉加瀬 太郎 (はかせ たろう)

大阪府出身。1990年、KRYZLER&KOMPANY のヴァイオリニストとしてデビューし、セリーヌ・ディオンとの共演などで世界的アーティストに。2002年、自身が音楽総監督を務めるレーベル HATS を設立。デビュー35周年にあたる 2025年は、春に『オーケストラコンサート 2025〜The Symphonic Sessions〜』、秋から年末にかけては、『葉加瀬太郎コンサートツアー2025 TAROHAKASE 35th Anniversary〜The Best of 35 Years〜』を開催

https://taro-hakase.com/blogs/live_info/2025-the-symphonic-sessions

INFORMATION
画家デビュー30周年記念 葉加瀬太郎絵画展「SUPER LOVE ART」5月14日(水)〜26日(月) 大阪・阪急うめだ本店9階阪急うめだギャラリーにて開催

写真 宮澤正明
取材・構成 仲本剛