ベトナムの“バンブーサーカス”が熱い! 若き表現者たちの魂揺さぶる舞台
ベトナムはいま、サーカスを自国の文化として大切にし、発信している。それは世界でも“サーカス芸術立国”といわれるほど。若者たちの躍動感あふれる身体表現、現代的な演出、そして、民族音楽がみごとに融合し、独自の世界を繰り広げる。なかでも、竹を幾何学的に美しく組み合わせて使う「バンブーサーカス」の舞台が有名だ。
一度見たら虜になる、そんなベトナムサーカスの舞台裏を覗いてみよう―。
魂を深く揺さぶるバンブーサーカス「テダール」

ベトナムで非日常的な旅を楽しみたいなら、ぜひ、サーカスの公演に足を運んでみてほしい。初めて見た人はきっと、「え!? これがサーカス?」と驚くに違いない。
2012年から活動する「ルーン・プロダクション」は、その先端をゆくカンパニー。ランタンと灯篭流しの幻想的な風景が続くホイアン旧市街に、彼らの美しい劇場はある。連日上演中の「テダール」は、高原民族コホー族の言葉で、輪になって歩むという意味だ。
冒頭、声明にも似た高原民族楽器の調べが流れ、次第に太古の深い記憶へといざなわれる。大自然の中で描かれる生と死。輪廻の世界だ。
演出家トゥアン・レさんが「竹は道具じゃなく、一つのキャラクター」と語るように、「エレファント」と呼ぶ巨大な竹の舟は、若者たちを乗せて生き物のように荒ぶる。彼らが手にした長い竹竿は、宙を舞ったり重ねられたりして、幾何学的な形を生む。若者たちは竹のようにしなやかな身体で技を繰り出し、エネルギーを放つ。レさんは語る。
「高原民族の音楽に出会った時、とても美しいと感じたんです。シアーイさんの歌う姿にインスパイアされ、1年ほどかけて村で音楽家たちとリサーチし、ベトナムにしかないバンブーサーカスが生まれました」

演出家で総監督のトゥアン・レさんは、8歳でサーカスを始め、家族でドイツに移住。ジャグラーとして活躍し、2012年ベトナムに帰国。ルーン・プロダクションで自国の文化を核とするサーカス作品「ラン・トイ(マイヴィレッジ)」「A O ショー」などを演出。




終演後、舞台を降りた全員がさらに観客の前で歌い踊る。魂を揺さぶられるこの感覚は、比類ない体験といえる。


TEH DAR(テダール)
高原民族の音楽や文化を軸に、自然崇拝、古来の伝統や祝祭をアクロバットやダンスで描く。「ホイアン・ルーン・センター」で上演中。
若者の暮らしを芸術的に表現したい─「A O ショー」が紡ぐ昔と今

大都市ホーチミンに降り立った瞬間、とんでもないバイクの波の洗礼を受ける。車もバイクも人間も、誰も信号を守らず止まらない。道を渡ることすら、命がけ。まるでサーカスの綱渡りだ。でも旅人も、1日もすれば慣れて、走る車やバイクの間を堂々と歩いてうまく渡れるようになる。

そんなスリリングな街だからこそ、サーカスが発展するのだろうか。危険察知能力と絶妙なバランス感覚を、この街が培っているのでは……。けれども、都会を少し離れれば、のどかな緑の田園風景が延々と広がる。ベトナムは、そのギャップの激しさがまた楽しい。
そんなベトナムの農村と都会、過去と現代を対比的にアクロバットや武道、ダンスを使って描くのが、ルーン・プロダクションの「A O ショー(アー・オー・ショー)」だ。

竹製の農具やかごなど日常の道具を巧みに使い、生の民族音楽の調べによって、動と静、光と影を浮き立たせる。若者たちの恋もユーモラスな笑いも随所にちりばめ、素朴なのに強烈で、たおやかなのに力強さに溢れている。

夫と出演しているグエン・カン・リンさんは5歳の娘を持つ。「世界の人にベトナム文化を知ってもらえるからずっと舞台を続けたいです」

A O SHOW(アー・オー・ショー)
ルーン・プロダクションが2013年に開幕。「テダール」同様、トゥアン・レさんが演出。海外でも高い評価を受け、荘厳なサイゴン・オペラハウスで上演中。
ベトナムへの翼
羽田空港(HND)または成田国際空港(NRT)からホーチミンシティ(SGN)までANA直行便で。または成田国際空港(NRT)からハノイ(HAN)までANA直行便をご利用ください。
取材・文 西元まり
撮影 西元譲二
コーディネート 勝恵美
編集 中野桜子