GPSが役に立たない街モロッコ・メディナ “迷いの旅”で見つける豊かさ

フェズ、シャウエン、マラケシュ、エッサウィラ──モロッコに点在するメディナと呼ばれる旧市街。その名を口にするだけで、どこか遠い記憶が揺らぐ。ひとたび足を踏み入れれば、細い路地が静かに絡み合う迷宮。曲がるたびに光の角度が変わり、壁の色がわずかに揺れる。

迷って立ち止まるこちらに、地元の人は穏やかに言う。「ここで迷うのは当たり前」。
古い路地に残る生活の匂い、ひっそりと佇む工房、香辛料の店。これらは目的地を追うのではなく、迷いながら歩くことで開いていく風景。メディナでは迷子になった者こそ出会える、静かな日常の断片もある。



ところで、メディナの中ではGPSがほとんど役に立たない。おそらく高い壁と複雑な路地が、最新の技術を軽やかにかわしてしまうのだろう。しかしそれでいいのだ。地図アプリが届かなくなった瞬間に、旅人はようやく街と向き合うことになる。

そのとき頼りになるのは、人の声。
困ったこちらの表情を見て「どこへ行きたい?」と声をかけてくれる人が、メディナにおけるGPS。案内された先がその人の店だった──そんな小さな“落とし穴”も、この街ではどこか微笑ましく感じてしまうと同時に、迷うことが旅を少しだけ豊かにしてくれることを知る。

メディナの中に泊まるなら、多くの場合、宿はリアドという選択となる。リアドとはかつての邸宅を宿泊施設にした、そんなスタイルの宿のこと。中庭を囲むように部屋が並び、タイルの装飾が光を受けて静かに輝く。アーチ型の窓が風を招き入れ、外の喧騒とは別の時間が流れる。
ただし、夏になれば外気温が連日40度を超えるというのに、エアコンのない部屋がほとんど。扇風機すらない部屋もある。厚い壁が外気を遮り、風が中庭を抜けていく──「昔ながらの知恵が息づく空間」…と謳ってはいるものの、昨今の温暖化による熱風は、しばしば昔ながらの壁を抜けて部屋にやってくる。日本から来た身には、汗ばむほどの暑さの中、寝苦しい夜を送ることになるのも旅の思い出なのか?


GPSもエアコンもない。便利さを手放したときにだけ見えてくる、土地の呼吸。
迷路の路地では頼りにならないGPSも、暑さの中でエアコンのない空間も含めてすべてがメディナの風景。不便さを受け入れた瞬間、旅はようやく旅として“動き”始めることもある。過去の知恵と現代の便利さ。そのあいだに生まれる静かな余白こそ、メディナが旅人にそっと手渡す贈り物なのかもしれない。
写真 宮澤正明
取材・文 山下マヌー
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