無垢な自然が残る黒島。この体験を忘れない~離島で感じる「地球の鼓動」vol.4
作家・有吉佐和子の小説『私は忘れない』。その舞台となったのが、ここ黒島だ。小説の中で主人公・万里子は、島民の姿を通じ、「ここには直線的な生甲斐(いきがい)がある」と思いを巡らす。その言葉は色褪せず、今なお無垢の自然を相手にし、たくましく実直に暮らす姿が黒島には残る。裏を返せば、私たちは間接的な生活を送っているのかもしれないと気付かせてくれる。
直線的な生き甲斐を肌で感じる三島の物語
大里と片泊、二つの集落からなる黒島は、三島村の人口の約半数が居住する三島の中でもっとも古い大きな島だ。島にはたくさんの黒牛が放牧され、カメラを向けるとこちらをうかがうように寄ってくることも。また、柱状節理や塩類風化による特異な景観「塩手鼻」は、他二島とは異なる荘厳さがある。
三島ともに黒潮の影響を受けるが、特に海底が隆起し、周りよりも浅くなっている“瀬”が多い黒島は、豊かな漁場として釣り好きからも人気を博す。高級魚のスジアラをはじめ、カンパチやアオリイカなど多種多様の魚が釣れ、民宿などに相談すれば、釣った魚を調理してくれる。
壮大な岩肌や滝、豊かな森林に囲まれた黒島は、豊富な水資源を有する。その光景は、遊漁船からも確認でき、魚が釣れない間も、我々の目を楽しませてくれるほどだ。
豊かな水資源が生み出す名産
その水を利用して作られた名産が、島民一体となってつくり上げた本格焼酎『みしま村』である。
「さつまいも(ベニオトメ)は、台風が多く襲来する厳しい環境下にある黒島にあって、主要な食べ物として急傾斜地を切り開いた畑で栽培されてきました。この芋が、力強くも甘い香りと、無垢な味わいの焼酎「みしま村」を生み出すのです」
そう話すのは、大里地区の地区長である日髙重行(ひだかしげゆき)さん。かつては、黒島の各家庭で自家製の焼酎を作ることが当たり前の風景だったそうだ。
「ベニオトメを使った焼酎を鹿児島本土の酒蔵で製造していたのですが、黒島にはとても豊かな水がある。島の水を使った焼酎を自分たちで作りたい。そうした思いから、2018年に地域おこしを目的として『みしま焼酎 無垢の蔵』が新設されました」(日髙さん)
『みしま焼酎 無垢の蔵』は、見学も可能だ。中に足を踏み入れると、さつまいもの甘い匂いが鼻孔をくすぐる。
「『みしま村』に加え、硫黄島で収穫できるさつまいもを使用した焼酎『メンドン』も作っています。黒島は、水が引きにくい粘土状の土地であるため、フレッシュなさつま芋の風味とどっしりとした余韻を感じる焼酎に仕上がります。一方、硫黄島は火山灰が多く含まれているため、でんぷん含有量が少ないさつま芋が採れます。そのため、『メンドン』は『みしま村』より少し優しい甘みが味わえます」(日髙さん)
人口約200人が暮らす小さな島に、焼酎の酒蔵がある――。三島村⺠と三島村役場、鹿児島本土の⽼舗の焼酎関連企業の人々が連携することで成り⽴つ「焼酎プロジェクト」は、島民たちのたくましさの象徴だろう。
みしま焼酎 無垢の蔵
鹿児島郡三島村大字黒島204番1
TEL:099-222-3141
三島村役場 定住促進課 焼酎係
見学時間 平日9:00~17:00(要事前連絡)
https://mishima-shochu.jp/
秋の終わりには、島中に自生する『黒島みかん』の姿を確認できる。太古の昔の味そのままのみかんであり、その香りは力強く、華やかだ。
「自然のままなんです。薬は一切使っていません。そのまま食べるのはもちろん、香りをいかして、刺身のけんのようにして使用する場合もあります。そうめんのつゆの中に入れても美味しい。黒島みかんも、島にとって欠かせないものなんですね」(日髙さん)
自然が残るとはこのことだろう。放牧された黒牛、気おされそうになるほどの地表、東シナ海に沈んでいく夕日。そのすべてが訪れた者の心に、まっすぐな印象を残す。秘境というのは、決して忘れられた場所を意味するわけではない。私たちが忘れかけていたものを思い出させてくれる場所をいうのだ。
撮影:久保田光一
取材&文:我妻弘崇
編集:高田真莉絵