坂東彌十郎さん「人間性豊かな北条時政が大好きになりました」〜伊豆で、生まれ変わる。vol.3
「僕、富士山が大好きで。今回、時政を演じさせてもらえることになって、初めて伊豆の国市を訪れたときに見た富士山が格別に綺麗だったんです」
笑顔で話すのは、歌舞伎俳優の坂東彌十郎さん。大河ドラマ『鎌倉殿の13人』で北条時政を演じている。じつは、歌舞伎の名作「盛綱陣屋」にも、北条方の総大将として、時政は登場する。
「その時政の印象がとても強かったので。僕のなかでは時政=悪、恐ろしいおじいさんというイメージが強かった」
いざ演じてみると、印象はガラリと変わった。脚本家の三谷幸喜さんは撮影前、「江戸の長屋の親父のつもりで演じてほしい」と注文。その言葉通り、ちょっと間抜けでお茶目な「彌十郎時政」が、ユーモラスに物語序盤を牽引した。
「演じてみて、僕は人間味豊かな時政が大好きになりました。ドジなところも僕に似ていて。普段の僕を知っている人からは『素顔の彌十郎そのままだ』と言われます(笑)」
時政役が決まると、彌十郎さんは何度もこの地を訪問。願成就院も真っ先に参拝し、時政の墓を参ったという。
「1年間、時政役を無事に勤められますように、と祈念しました。もちろん、拝観も。運慶の仏像は素晴らしかった。僕はとくに、少し小ぶりな2つの童子の像が好き。ひと目見て素敵だなと思いましたね」
とくに、インスピレーションを得た仏像があった。
「運慶が作った仏像とは別に、本堂に祀られた御本尊・阿彌陀如来坐像を特別に拝観させていただいたんです。これは時政が死んだのち、息子・義時が父親の供養のため造立した仏像だと、ご住職にお聞きして。とっても優しいお顔をされているんです。そのお顔を拝んだ瞬間、僕のなかで時政と義時親子の、二人の関係をしっかりと築くことができた、そんな気がしているんです」
願成就院境内の「北条時政の墓」。源頼朝の岳父となり、その挙兵を助け鎌倉幕府初代執権に。建保三(1215)年、78歳で没した
歴史の教科書などでは、鎌倉幕府を牛耳る、ダークな面が綴られることの多い北条家。彌十郎さんも、かつては同じように感じていたと話す。
「先に述べた時政しかり、政子にしても義時にしても、北条家に対しては多くの皆さんと同じような印象を抱いていました。でも、それはあくまでも外からの見方で。時政を演じていくうちに覚えたのは、歴史上の北条家ではなく、『北条ファミリー』という感覚です。800年以上前のここにも、普遍的な家族愛があったという、当たり前の事実なんです」
視点をほんの少し変える、それだけで歴史もまた“生まれ変わる”のかもしれない。
坂東彌十郎/ばんどう・やじゅうろう
56年、東京都生まれ。父は戦前、銀幕のスターだった初代坂東好太郎。73年、歌舞伎座『奴道成寺』の観念坊で、坂東彌十郎を名のり初舞台。以降、敵役から老役まで、幅広い役を演じる。14年、長男・坂東新悟と自主公演「やごの会」を立ち上げ、国内外で公演を成功させている。
大河ドラマ『鎌倉殿の13 人』では、小栗旬さん演じる二代目執権・義時、小池栄子さん演じる〝尼将軍〟政子らの父で、13人の御家人の1 人、北条時政を好演した。※大河ドラマ『鎌倉殿の13 人』。NHK総合ほか、毎週日曜日午後8時~。放送終了から1週間は「NHKプラス」で見逃し視聴が可能
写真:時永大吾(坂東彌十郎さん)