街に溶け込み人を呼び込む妖怪たち『山口/白狐』
ニッポン全国津々浦々、数千もの伝承があるとされる中から都道府県ごとに一匹の妖怪を選び、独自の解釈で造形しました。
妖怪に誘われるがまま旅にでかける空飛ぶ百鬼夜行に、ようこそ。
白狐
山口県湯田温泉の伝承。傷ついた白狐が、権現山ふもとの寺の温かな池で湯治して回復した。白狐の形や大きさの記述はないが、この伝承をもとにキャラクター化された狐が温泉街の至る所で見られる。
ご利益:病気平癒・千客万来
街に溶け込み、人を呼び込む妖怪たち
地域の振興に一役買う働き者の妖怪は全国に存在する。その最たる例が鳥取県・水木しげるロードの177体にも及ぶ妖怪たちの像だろう。ここ湯田温泉でも駅で出迎えてくれるのは巨大な白狐の像であり、温泉街を歩くとあちこちで何かしらの白狐像に出会えるのが楽しい。
湯田温泉の記述は1200年の国衙(こくが)文書に見られる。その後白狐の伝説が記されるのが1504~20年頃。寺のほとりの小池に白狐が夜な夜な傷ついた足を浸し、7日ほどで回復し去っていく。池は温かく、掘り出すと湯と共に金無垢の薬師如来像が現れ、湯治と金像見物に浴客が増えていった……という話だが、権現山稲荷神社の由緒書、湯田温泉の元湯の野原家の縁起書、温湯山竜泉寺など同時多発的に同様の伝承が発祥していたことが非常に興味深く、これは最も古いキャラクターマーケティングのひとつかもしれない。
自分なりに解釈して白狐を造形してみると、白き動物が持つ神々しさと愛らしさ、何より清潔感が温泉に相応しいことが理解できる。街の白狐たちに誘われるように街を歩いてみよう。
出会う白狐を数えながら散歩する。なんとポストやマンホールにも白狐のキャラクターが。ここでは街と白狐が一体化している。
権現山の熊野神社側にひっそり佇む白狐稲荷神社。筆者作の白狐も末席におじゃました。付近には「白狐の小径」があり、狐気分で散策できる。
ここだけの味を訪ねる。白狐に始まり終わる旅
1949年から続く白狐まつりに合わせ、4月に湯田温泉を訪れた。中心にある公園のイベントステージ、その周辺に立つ露店は老若男女で賑わっていた。目抜き通りでは夜8時から、白い狐に扮した子どもたちが松明(たいまつ)を持って行進する。今年は珍しく晴天に恵まれ、宿泊施設はもちろん、いたるところにある足湯も大盛況だった。
温泉への感謝の気持ちと、いつまでも湧き続けるようにとの願いが込められた湯田温泉白狐まつりの松明行列。
温泉街の飲食店は地元客と観光客の両方に満足してもらえるよう工夫を重ねている。狐に惹かれた妖怪散歩なのに、まず吸い込まれたのは小熊。『小熊屋咖喱(こぐまやカレー)』は見るも鮮やかな季節の食材と独特の製法のスパイスが話題の新たなる名所。なんと全室個室で味に集中できる。
カラフルな季節の具材の下にライス、そして2色のカレールーが左右に配される。カレーは地方発送もあり、お土産にも◎。チーズやチョコレート、抹茶味のテリーヌやプリンも人気。
小熊屋咖喱(こぐまやカレー)
一方、山口らしいご当地食といえば瓦そば。『長州屋 湯田店』では店が特注した強度の高い瓦で王道の瓦そばが食べられる。人数が多くないと……との心配は不要、1人前/2人前も可能なのが嬉しい。そして各地の温泉街同様、湯田温泉も昼の顔と夜の顔を併せ持つ。
下関市発祥の郷土料理、瓦そば。茶そば・肉類・レモンの相性が抜群。甘めのタレにつけていただく。
長州屋 湯田店
日が暮れてからじっくりと美味(おい)しい地酒をいただくために『山口おでん燈あかり』へ。羅臼昆布とあごだしで丁寧に作られた出汁に浮かぶ創作おでんは和洋両面の趣があり、どんな酒にも合ってしまう。
この店名物、ピリ辛肉味噌の「地獄大根」(手前)と「トマトバジルソース」(奥)。暑い時季にもピッタリの爽快なメニュー。
山口おでん燈
翌朝目覚めたらまずは温泉に入る。無色透明のアルカリ性単純泉が肌になじむ。そして白狐伝説起源の地、権現山の熊野神社と白狐稲荷神社へ。立派な竹籔に守られ、今にも野生の動物がひょっこり現れそうな、風の音しかしない場所。こんなコントラストのある旅も妖怪を追いかけてこそ。街に戻ったら足湯に浸かろう。
湯田温泉観光回遊拠点施設「狐の足あと」内にある足湯(を眺める白狐)。気軽に立ち寄れ、足湯衣装もレンタルできる。
狐の足あと
森井ユカ
立体造形家/キャラクターデザイナー ポケモンカードゲームのイラストレーション、 小麦粘土セット『ねん Do!』のディレクションなどを担当。著書多数。
出典:『山口市史』山口市史編集委員会(山口市)/『山口市史 各説篇』山口市史編纂委員会(山口市)『ふるさと叢書II 周防長 門の伝説』松岡利夫(山口県教育会)/『防州湯田村温泉記』荒巻大拙/『いよ観ネット』
(愛媛県観光物産協会)
取材・文・造形 森井ユカ
撮影 原ヒデトシ 編集 中野桜子