ANAの現役CAが講師 ワイン講座から接客術まで『スタディフライ』で学ぶ
「本日は『自分と相手を大切にするコミュニケーション』というテーマで、2時間の講座を予定しております。わからないことは、いつでも聞いてくださいね」
満面に笑みを浮かべて登壇した「めありー先生」は開口一番、受講生に向けてこう語りかけた。
ANAは2022年11月、客室乗務員(以下・CA)など現役社員を講師としたオンライン、および対面による体験型講座「ANA Study Fly(以下・スタディフライ)」をスタートさせた。
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そう、この日の講師「めありー先生」こと三島真愛(まい)も現役のCAだ。三島は1カ月のうち20日ほどは国内線、国際線に乗務。そのかたわらでスタディフライの講師を務めている。
「さまざまな特技や資格を持つ、私どものグループ社員が講座を通じ、お客様にスキルをシェアさせていただく、それがスタディフライという取り組みです。現在、200名ほどの“講師”が登録されていて、その内訳は、CAがおよそ9割ほど。あとはパイロットや整備士、そのほか、普段は総合職の部長をしている講師もいます」
こう話すのはANAホールディングス・未来創造室に籍を置くスタッフアドバイザー(客室乗務員の資格を持ちながら地上で勤務するスタッフ)の渡海(とかい)朝子。スタディフライを企画立案した一人で、現在はその運営に携わる。渡海によれば、スタディフライが提供している講座のラインナップは、じつに幅広い。
「語学力に長(た)けたCAが教える英会話講座や、ソムリエ資格を持つCAのワイン講座、宅建士CAの不動産相続講座など、講座の種類は本当に多岐にわたります。認定資格を持つ機長が教えるコーチング講座や、キャリアコンサルタントの試験対策講座、それに、自身がCODA(聴覚障がいを抱える親の子)というCAの手話講座も、とても高い人気を誇っています」
スタディフライは誰もが受講可能だと、渡海は言う。
「ウェブからアクセスしていただいて、お申し込みいただければ、どなたでも受講していただけます。これまでの2年間で、下は2歳、上は70代の方が受講されています」
今回はANAが育んだ人材の、さまざまなスキルを共有できる、ちょっと贅沢な“学びの場”を深掘りする。
培ってきた知見や力を陸でも活かしたい
スタディフライの端緒はコロナ禍だった。渡海が振り返る。
「そもそもは、私も含めたCA4人で発案したものなんですが、その背景にあったのは、新型コロナのパンデミックでした。飛行機が飛ぶことを制限され、駐機場にズラッと並んでいる光景を目(ま)の当たりにしてショックを受けて……」
当時はCAとして、業務に従事していた渡海。だが、彼女たちも長く、フライトの機会を失っていた。
「そのとき、漠然と考えていたんです。コロナ以前、誰よりもアンテナを高く、広く張ってさまざまなものを吸収してきた同僚たち。そんなCAたちが培い、以前はフライトで発揮してきた知見や力を、空以外に使う場所はないだろうかと」
同じころ、ANAでは社内新規事業提案制度「Da Vinci Camp」がスタート。2021年10月、渡海たちはDa Vinci Campに応募した。
「東京の客室部のCAだけでも約8000人がフライトに従事し日本中、世界中にアンテナを張り、刺激を持ち帰っていました。そうして築いたスキルを、オンライン講座などを通じてシェアする場を設けられたら『飛行機に乗れなくなってしまったお客様と、改めて繋がりを持てるはず』と提案しました。長年、航空会社の格付け会社であるSKYTRAXの最高評価である5スターを獲得してきたANAのホスピタリティをもってすれば、お客様にとっても、心地よい学びの場になると確信していたんです」
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企画は無事に一次選考をパス。そこで渡海たちは同僚たちの持つスキルを調査することに。
「アンケートをとったところ、1000人がすぐに回答を寄せてくれて。保有資格だけでも500を超えていました。教職などの国家資格もあれば、アニバーサリープランナーや温泉ソムリエマスターなど、それまで聞いたことのなかった資格を持つ人や、ズンバやK−POPといったダンスが特技という人、なかには『私、落語を教えられます』という人も。これはもう、是が非でも講座を作りたいと改めて強く思いました」
応募から半年後の2022年4月。渡海たちの提案は見事、経営陣へのプレゼンを通過。こうしてその年の11月にスタディフライは正式開講に至った。
「興味の幅が広いことが、ここで役に立ちました」
三島は2014年、ANAにCAとして入社。
もともと、英検準一級、TOEICで高得点を取ったほか、ファイナンシャルプランナーの資格も有していた。フライトがなくなったコロナ禍に、オンライン主体の経営大学院で学び、昨年にはMBA(経営学修士)を取得。
「そのさなかに、スタディフライの講師募集を知りました。最初は、お金をいただいて講座を提供するなんて、私にできるんだろうかと悩みました。でも、誰かとお話しすることが好きでしたし、ものを教えることも好き。これまで得てきた知識を、機内ではない場所でお客様に伝えてみたい、そんな思いが強くなったんです」
三島はスタディフライが始動した2022年11月から、CAと講師、二つの顔を持つようになった。
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「まず初めは、英語なら教えられるかなと考えました。次いで、心理学なども勉強してきましたので、コミュニケーション講座もできるかなと。それに、当初は資産運用などマネー講座がなかったので、これもやってみようかなって。私、性格的に興味の幅が広くて、昔からいろんなことに手を出してきたことが、ここで役立ちました」
最近、三島はさらに担当の講座を増やした。それは……。
「イベントでご一緒した整備士歴15年の現役ANA社員『ジャッキー先生』の3Dプリンタ講座が大人気で。『手伝ってくれないかな』とお声がかかったんです。私の講座では受講生の皆さんに、スマートフォンで読み取れるNFCタグを埋め込んだオリジナルのキーホルダーを作っていただいてます」
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CAと英語の先生の夢、両方叶えることができた
三島は「講師の経験は本業にもプラスに作用している」と話す。
「先日のフライトで、お客様のなかにたまたま3Dデータの設計のお仕事をされている方がいらっしゃって。『私も3Dプリンタ、少し触れます』というお話をさせていただきました。講師を経験したからこそ、そこで得られた知識が、客室の乗務に活かせたと思っています」
三島の話を、頷(うなず)きながら聞いていた渡海が言葉を継いだ。
「ワイン講座を受け持ったCAは、さらに深めたワインの知識を上空でのサービスに活用し、お客様にも好評です。『次はチーズソムリエの資格も取得したい』と話しています」
渡海は「売上的貢献ではまだまだ」としながら、「でも」と力を込めて続けた。
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「『この仕組みがあるから、子育て後はまた仕事に戻りたい』といったり、就活中の人には『ANAは好きを活かせる会社』と思ってもらえたり。そんな、社員のエンゲージメントを高めるという形での貢献もしていきたいんです。実際、スタディフライで英会話講師を務めるあるCAが『CAと英語の先生になるのが夢でした。今回、その両方が叶いました』と、本当に嬉しそうに話してくれたことも」
自身のエンゲージメントについて、三島はこう話す。
「私は、CAとしても、お客様とコミュニケーションをとるのがすごく好きなんです。でも、客室の仕事は、基本的には一期一会。お客様がどんなに『また会いたい』と思ってくださって、その後、ご搭乗くださったとしても、その飛行機に私が乗務していることは、きっとなくて……」
少し寂しげに語った三島。たしかに、機上で同じCAに出会うことなど、そうはない。
「でも、スタディフライの講師をしていると、それができるんです。オンラインで受講してくださった方が、地方からわざわざ飛行機に乗って、東京での対面講座を受けにきてくださったり。また、オンラインでキッズ向け英会話を受講してくれたお子さんが『先生に会いたいから飛行機に乗りたい』と言ってくれたことも。そんな出会いがあると、講師をやってよかった、ANAのCAで本当によかったと、心から思うんです」
この“学びの場”では、さまざまなスキルと同時に“ANA愛”も育まれているようだ。
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