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「15分以内」で1席ずつ丁寧に。機内清掃のプロフェッショナルたち~翼の流儀

「15分以内」で1席ずつ丁寧に。機内清掃のプロフェッショナルたち~翼の流儀

ANA REPORT 翼の流儀

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「私たちの仕事は、どちらかと言えば目立たない仕事ではあるんですけれど、ANAの、青い翼の一端を担っているという自負はある。それにもちろん、やりがいもすごくあるんです」

羽田空港に駐機したエアバスA321の機内でのこと。客席の窓を懸命に拭いていた男性は、こう言って笑顔を浮かべてみせた。

「窓が汚れていると、空からの景色を楽しみに乗られたお客様ががっかりされてしまうと思うので。とくに念入りに拭いてます」

男性の名は水口禎宏。東京オペレーションパートナーズ(以下、TOP)客室部に所属している。TOPは、羽田空港で空港ハンドリング会社を運営するANAエアポートサービス(以下、ANA AS)のパートナーの一つで、ANA便のみならず、ANAがハンドリングを受託している海外エアラインの機内の清掃作業などを担っている。

ANAは今年、イギリスを本拠地とする航空業界の調査・格付け会社であるスカイトラックスが毎年発表する「World Airline Awards」Airline of the Yearで、世界3位にランクインした。空港やラウンジ、機内での接遇や機内食など、乗客が体験するあらゆる場面に対し、多角的な視点から実際の旅行者の投票によって受賞エアラインが決まる同アワード。なかでも、ANAは、パンデミックを受け利用客の関心が格段に高まっている「機内の清潔さ」の部門で、昨年に引き続き今年も受賞。通算5回目の「World’s Cleanest Airline」となった。

今回の「翼の流儀」は、世界でもっとも清潔な客室を提供する、ANAグループとパートナー会社のスタッフたちの仕事ぶりを紹介する。

機内清掃の現場を見て実感「これこそプロの仕事だな」

「私、どちらかというとズボラな性格で。この仕事に従事する以前は、プライベートでも掃除はあまり好きではありませんでした」

こう言って苦笑いを浮かべたのは、ANA ASのランプ・サービス部キャビンサービス課の林幸次。2008年に入社した林、その志望動機は「飛行機に関わる仕事がしたかったから」だった。

「修学旅行のとき、初めて乗った飛行機がANAの羽田発沖縄行きのジャンボでした。大きな機体がとにかく格好良かった。着陸後、その大きな飛行機を地上係員がマーシャリング(誘導)する姿を見て、憧れていました」

ところが、入社1年目の冬。林が配属されたのは、機内清掃の管理などを担当する、現在の部署だった。

「だから、最初は『やったー』というより『なぜ?』という気持ちで(苦笑)。でも、実際に、機内清掃の現場を目の当たりにするようになると……、限られた時間に、限られた人員だけで客室内を完璧な状態に仕上げていく、その姿が『これこそプロの仕事だな』と思うようになって。だんだんと、この仕事の面白さ、深みのようなものが見えてきました」

林の主な仕事は、機内清掃、航空機への給水・排水などの安全・品質・工程の管理。実際の清掃作業を行うパートナー会社のスタッフらの指揮をとることや、他部署、他空港との連携を図る。羽田空港以外の、国内全空港の機用品発注管理も大事な仕事だ。さらに、国際線の場合、機用品の保税管理や税関への申請業務も。

「なので、私自身が機内に赴くのは1日、1~2便ほど。規定通りの清掃、消毒ができているかのチェックですね。現場で従事している人に『もっと、こうして』と指導することもあります」

現職に就いて14年。「すっかり掃除が好きになった」と林は笑う。

「掃除好きというか、散らかる前に使ったものは次々と片付けるようになりました。でも、家族には不評なんです。食事中も、調味料などをさっさと片付けるので『落ち着いて食べられない』と。これも一種の職業病ですかね(笑)」

「やりきったあとの達成感は何にも代えられない」

2020年、林と同様に「飛行機に携わる仕事がしたい」と、水口は建築業界から、現在のTOPに転職。以来3年間、水口は、実際に機内の清掃、航空機への給水・排水といった業務に従事してきた。

「とにかく時間がタイトなのでプレッシャーに押しつぶされそうになることもありますが、自分の担当した便が定刻に飛び立っていく姿を見ると、『ああ、やって良かった』、そう思います。1日数十便の作業をやり切ったあとの達成感は、何ものにも代えがたいですね」

どのようなスケジュールで動いているのか。

「日によっても違いますが、機内清掃を任されるのは、国内線で1日20便ほど。クルーは1機あたり7~8人、多くても10人ほどです。その人数で、到着から出発までのわずかな時間、小型機なら1機10分、大型の機体なら15分ほどで清掃を済ませなければならないんです。

機内に入ったら、最後列から前列に向かって順々に座席を掃除していきます。ゴミを拾い、テーブルや窓を拭いて。清掃が終わった座席のシートベルトは、席の上でクロス(交差)させます。私たちが作業するのはお客様が降りた直後なので、ベルトや座席がまだ温かいんです。残念ながら私たちはお客様と直接接する機会がありませんが、『どんな旅だったんだろう?』『次のお客様はどんな旅をするんだろう?』と思いを馳せながら一席ずつ、気合を入れてベルトをクロスさせていくんです」(水口)

客席とは別に、ラバトリー(化粧室)の清掃を担当する者もいる。彼らは客室内の洗面所やギャレーを磨き上げる。

ANA ASの林曰く「到着便によって、客室内の汚れの状態はまるで違う」という。

「国内線の短距離を飛ぶ便は、ビジネスでご利用のお客様も多く、さほど、散らかっていることはありません。いっぽう、国際線はお食事など提供するサービスも多いので、そのぶん、汚れも増えやすいです。また、国内線でも週末の沖縄便など観光地からの便は、お客様はよりリラックスされてますし、お子様連れの方も多いので、飲み物をこぼされたりといった汚れがどうしても増えてしまいます」(林)

「ときには、その汚れが客室内に十箇所以上なんてことも。それでも、私たちは次に乗るお客様に気持ちよく乗っていただくため、必要だと感じた場合は整備士にシートの取り替えを依頼するなど、完全な状態にします」(水口)

2020年、世界を襲った新型コロナのパンデミック。水口が現職に就いたのも、コロナ禍の減便が始まった頃だった。

「機内清掃活動の一環として、消毒作業が通常業務に加わりました。当初、コロナに関する十分な情報がない状況のなか、感染していた方や、発熱されていたお客様が使用した座席の消毒依頼を受けた際は、緊張しました。でも、次にその席に座るお客様のため、念入りに消毒作業をしました」

新型コロナが5類感染症に移行した後は、消毒液を使った消毒作業からコロナ禍前の通常手順に戻っている。

スタッフ一同で飛行機に一礼する理由

「実際、自分がいまの仕事に従事して以降、乗客として飛行機に乗ると、ANAが求める機内の清潔さ、綺麗さ、その水準の高さを実感します」

機内清潔度で、これまで何度も世界一に選定された理由を問うと、林はこう言って胸を張った。

「たとえば、飲み物をこぼしたカーペットのシミや、傷んでほつれのあるシートなどがあった場合、私たちANAでは、『交換すべきでは』と、まず考えて整備士に相談します。その意識の高さ、違う言い方をすれば『おもてなしの心』。それこそが、評価されている点ではないでしょうか」

日本的な接客の思いが、世界に評価されているということだろうか。しかし、他の例に漏れず、機内清掃の現場も現在、深刻な人材不足に。水口の所属するTOPでは、機内清掃に従事するスタッフは700名ほどいるというが、その約8割が、ネパールやフィリピンといった外国出身者だという。

「初期訓練時、もちろん清掃の手順は教えます、でも、もっとも重要視しているのは、清掃に関する認識の差を埋めること。外国出身のスタッフの出身国でのスタンダードと、ANAの求めるものの違いを、しっかり理解してもらうことに重きを置いています」(林)

機内での撮影後、機体を離れタラップを降りた林、そして水口は、自然にくるりと飛行機に向き直り、深々と頭を下げていた。インタビュー時、林にそのお辞儀の意味を問うと、少し照れくさそうに、こう答えた。

「機内に乗り込む際、それに降りるときも、私たちは必ず飛行機に一礼します。無事にここまで戻ってきてくれたこと、作業させてもらえることへの感謝と、この先も安全に飛び続けてくれるよう願いを込めて、頭を下げるんです」

この機側での一礼、ANA ASとTOPの機内清掃に関わるスタッフは全員が行っている。

「外国出身の方からは『なぜ飛行機にお辞儀する必要が?』と聞かれます。最初は『私はいらないと思う』と言う人もいます。でも、私たちがこれまで取り組んできた背景や、仕事に対する思いを説明すると、十分に理解してくれます。そして、ひとたび理解し、納得してくれたら、外国出身のスタッフたちも率先して頭を下げてくれるように。そうなると、清掃作業そのものの丁寧さ、正確さも格段にアップするんです。ときには『ここはもっと、こうしたほうがいいですよね』と提案されることもあります」

自らの仕事、そして飛行機への敬意こそが、世界が評価するANAの、機内清掃の流儀なのだ。

撮影/加治屋誠 取材・文/仲本剛