「”ロードプランナーは憧れの仕事でした”」貨物のプロフェッショナルたち~翼の流儀
コロナ禍で航空業界を支えた貨物事業。成田空港は世界の物流を支える中心地といえる場所になっている。ここ、貨物の積み込みの司令塔として活躍するのがロードプランナーだ。あまり聞き慣れない言葉だが、どのような仕事なのだろうか。ロードプランナーと、貨物を搭載する積みつけ担当者に話を聞いた。
《貨物は声を出さないお客様》――。
成田空港内に建つ巨大な倉庫。「上屋」と呼ばれるその建物の内壁に貼られた横断幕には、そんな職場のスローガンが、大きな文字で綴られていた。
「はい、私たちはその気持ちを大事にしながら、仕事に励んでいます。お客様の貨物に傷一つつけないよう、神経を尖らせながら積みつけ作業をしています」
フォークリフトを操っていた若い男性は、目を輝かせながらこう力を込めた。
いっぽう、書類を手に貨物の配置に目を光らせていた女性は、こう言って胸を張る。
「国内外の貨物が集約される成田空港は、扱う貨物の量も、すごく多いんです。大量の貨物を正確に無駄なく積むか、そのプランを組むのが私たちの役目。安全運航のためにも欠かせない仕事であると自負しています」
10月に日本貨物航空がグループの一員に加わるなど、飛躍を続けるANAの貨物事業。コロナ禍で、ほとんどの旅客便が運休を余儀なくされるなど、苦境に立たされていたANAを支えたのも、休むことなく飛び続けたフレイター=貨物機だった。
今回は、いまや日本の空に欠くことのできないANAの貨物事業「ANA Cargo」の二人が語る〝貨物の流儀〟。
パズルのように組み合わせを工夫する
「高校生のころ、ANAの飛行機に乗ったときに、窓からきれいに積まれた貨物や、安全を何度も確認しながら作業している人の姿を見て。自分もそんな仕事をしてみたいと思ったんです」
こう話すのは、入社4年目の福田拓海。ANA Cargoの成田ウェアハウスオペレーションセンター・貨物サービス部に籍を置く。上屋に貨物を搬入したり、「フレイトデスク」と呼ばれる担当者が作成したプランに沿って、貨物を積みつける任を負う。
福田たち積みつけ担当は、実際に体を動かしながら、目の前の貨物を、パズルのように頭を使って積んでいく。
「積みつけでは、まずはパレット(航空貨物を一定の単位にまとめ、航空機の貨物室に搭載する用具)という平板の上にプランに従い貨物を積み込みます。でも、漠然と積んでしまってはパレット上に載り切らないこともありますし、雨水などが貨物を覆うビニールシートの上部に溜まらないよう中央部を高く、縁を低くするように、考えながら積まなくてはなりません。形も大きさもバラバラな貨物を、1つのパレット上にきれいに収まるよう、パズルのように組み合わせを工夫して積んでいくんです」
まるで、3D版のテトリスでもしているような作業。だが、ゲーム画面のなかのブロックとは違って、相手は実際の質量がある貨物だ。福田たちは大量の重たい貨物を〝声を出さないお客様〟として大切に、慎重に積んでいくのだ。
しかも、福田たち積みつけ担当が働く現場は、屋根こそあるものの、貨物の搬入搬出のための大きな開口部を持つ、ほぼ吹きっさらしの上屋。エアコンもない。
「勤務時間はシフトにもよりますが、夕方からのシフトでは終業時間は深夜になる。朝一番の便の積みつけ、それも貨物が多い週末の便の積みつけ作業となると、終わるのは、朝の4時とか5時になることもあります」
過酷な労働には違いない。しかし、彼の目は輝きをもったまま、決して翳ることはない。
「大量の貨物を搭載しなくてはならないときなど、時間が押してしまうことも。そんなときは、周囲のほかの作業をしている人に声をかけ、助けてもらうことも。そうやって、作業者総出で無事、定時運航にこぎつくこともあります。作業の最中は、目も回るような忙しさですけど、それをやり切ったときはいつも、胸の奥が熱くなる、そんな気がしているんです」
安全運航を最優先に、落ち着いて判断を下す
ANA Cargoに所属する小笠原和代は社内で55名を数える「フレイターロードプランナー」の一人だ。
「空港に到着した貨物を確実に予定された便に搭載し、出発までの管理をおこなうのが私たちロードプランナーの役目です。搭載貨物の重量を確認して、飛行機のウエイト&バランスを計算し、飛行機のどこにどの貨物を載せるかを決める『搭載プラン』を作成しています」
小笠原は2000年、エアカーゴターミナルサービス(現ANA Cargo)に入社。以来、十数年間は、税関関連処理やシステム処理を実施するインサイド業務、予約部門や品質管理部門、また関西国際空港での業務に従事してきた。
「入社当時、ロードプランナー業務に憧れていました。『格好いい仕事だな、私もいつかやってみたいな』と」
そして、いまから8年前。社内資格を取得し、ロードプランナーになった。機材ごとに資格は異なるが、小笠原は中型機であるボーイング767型フレイターと、大型機であるボーイング777型フレイター、主要な2種類の資格を取得した。
その仕事は多岐にわたる。扱う貨物も、半導体製造装置や自動車部品から、水産物や青果といった生鮮食料品までと、多種多様だ。
「私たちが目を配らなくてはならないのは、重量のバランスだけではありません。貨物のなかには特別なハンドリングが必要とされるものもあって。『美術品や楽器、精密機器などは衝撃リスクに配慮して配置、搭載しなくてはならない』など細かな規制や制限もあるんです。それらすべてを加味したうえで、搭載プランを作成しなくてはなりません」
勤務は、深夜に及ぶこともしばしばだ。
「成田空港からの出発便だけではなく、香港やロサンゼルスなど海外空港から成田に来る便を、遠隔でロードコントロールもしています。ロードプランナーが不在の空港に限られますが、現地から送信された貨物の重量や飛行機のウエイト&バランスを精査して、搭載プランを成田にいる私が作成して、現地へ搭載位置の指示を出します。時差もあるので、作業が夜中になることもあります」
細かいルールや時間の制約があるなか、貨物機の機内にさまざまな貨物を無駄なスペースを作らず、最適なバランスで搭載する……、福田たち積み付け担当からのバトンを受け、機内での高難度なパズルを作成するような仕事、それがロードプランナーだ。その仕事をまっとうするうえで、もっとも大切なスキルはなにかと問うと、しばし黙考した小笠原は「落ち着きですかね」と微笑んだ。
「便の出発直前になると、対応すべきさまざまな業務が、いっぺんに来ます。ロードプランニングは、配置する貨物の重量がほんの1キロでも異なると、運航に影響を与えてしまうこともある、そういう仕事。ですから、定時運航はもちろん目指しながらも、安全運航を最優先に心がけ、いかに落ち着いて判断を下せるか。それがもっとも大切なことだと思います」
一丸となった取り組み「貨物を止めるな!」
「コロナ禍のときは、巣ごもり需要の高まりによりECやパソコンなどの輸送が増えたこともあり、航空貨物の需要自体がすごく多く、どの路線も満載という状態が続きました。マスクや防護服、ワクチンなどの輸送も行っており、いつも以上に気を配らなくてはならなかったです」
この3年間の苦労を、小笠原はこう述懐した。
先述のように、コロナ禍の3年間、貨物事業は、ANAをはじめとした航空業界全体を支えていたといっても過言ではない。
ANAの整備現場では、少し前のヒット映画のタイトルになぞらえて「貨物を止めるな!プロジェクト」なるものまで、敢行していた。小笠原が言う。
「その取り組みのことは聞いていました。コロナ禍では、使用する飛行機のタイプ変更も頻発したんです。タイプが変わると、搭載できるパレットなど『ULD(Unit Load Device:一定のユニットにまとめ、航空機の貨物室に搭載する用具の総称)』の大きさや形状が異なるので、私たちロードプランナーも、プランを一から練り直さなければならないなど、とても大変でした。でも、整備士たちも、就航の時間に間に合わせようと夜中に作業してくれていると聞いていましたので。私たちもそれに応えようと必死でした。まさに全社、全グループ一丸となって『貨物を止めるな!』と頑張れたことは、いま振り返ると誇らしく思います」
取材の終盤、二人の〝貨物のプロ〟に、将来の夢を聞いた。
「これから入社してくる後輩たちに、頼られ、尊敬される先輩に。そして、いずれは上屋の責任者になりたいです」
相変わらず目をキラキラさせながら、福田はこう語った。いっぽうの小笠原は。
「いま、インストラクターもやっています。かつての私が『格好いいな、やってみたいな』と憧れたように、新人のなかにも、そのように思う人が少なくないと思います。そんな人たちを一人でも多く、貨物のプロフェッショナルに育てたい、それが私の夢です」
撮影/加治屋誠 取材・文/仲本剛