塩結晶の大地「ホワイトラン」を目指す ラバーリーたちとの一期一会 西インド2
インドの西の果て、パキスタンとの国境に近いカッチ地方。世界的に名高い手工芸を特産とする村々をめぐりながら、移動する民、伝統と進化、食と信仰など、様々な要素が織りなす旅のタペストリーを藤代冥砂が語り紡ぐ。
グジャラート、ブージ
今回の目的地グジャラート州カッチ地方はパキスタンとの国境に面した塩性の大湿地帯だ。インドの西の果てである。
雨季にはアラビア海からの水がカッチ全体を囲むように流入し、陸から切り離された東西250キロ、南北150キロほどの塩の浅瀬に囲まれた島状となる。
だが乾季ともなると、干上がった湿地には塩の結晶が一面に浮かび、ホワイトランと呼ばれる白い大地が出現する。
私はそれを写真に収めたいと楽しみにしていたが、あいにく訪れたのは雨季の終わりで時期尚早だった。
ムンバイから国内線で約二時間かけて移動したブージはカッチの主都であり、これから訪ねようとする少数民族の人々の姿も市中で普通に見かけられる。商店街を歩いていて特に目を引くのはラバーリー族であった。基本的に遊牧民である彼らは長痩身で野生動物のような精悍さがある。
Green Rock(グリーン ロック)
ブージ中心街にある北インド料理店
Open Air Theater Rd, Ghanshyam Nagar, Bhuj, Gujarat 370001
Tel +91 28322 53644
Allahrakha Tea Stall(アッララッカー ティーストール)
カッチでの初日はブージから北進し、いくつかの村を訪ね、最終的にはパキスタンとの国境に迫ったホワイトランを目指すことにしていた。ホワイトランを見るには季節が早すぎるとは聞いていたが、早々に干上がった箇所がある気がして諦めきれなかったのだ。
途中訪ねた村々では布の製作現場を見せていただけた。職人さんらの眼差しと手捌き、身体操作に見惚れる一方で、私は彼らを取り囲む自然環境にも心惹かれた。
MARU Craft(マル クラフト)
ブージ郊外の織りと刺繍の工房&ショップ。材質はメリノウールやシルク、カラコットン。スーフ族・ラバーリ族・アヒール族など刺繡を得意とする
vill- Rudramata, Bhuj, India, Gujarat
雨季と乾季の入れ替わりに従って一変する風土と恵みを元にする暮らし。日本にはないそれらの表情。世代を超えた手仕事の気の遠くなるような繰り返し。私は時々写真を撮ることを諦めて、目を閉じては彼らの大地から何かを得ようと自分のどこかを空けておく。訪れた場所の風土が体の中にすうっと入ってきて自分の文化と混じる気配。それは喜びのようで切なさにも似て、自分をしばし見失う旅の贅沢である。
ラバーリー族
なおも北進すると大地の彼方に水牛の群れを見つけた。車を止め草原へ降りていくと、たまたま水牛を買い付けに来ていたラバーリー族の男たち数人と居合わせた。細身の白い上下の民族衣装を着た彼らは、野でその精悍さが際立つ。水牛の交渉を終えた後でポートレイト撮影をさせていただき、互いに手を振って笑顔で別れた。気難しさを予想していたが、出会い方が偶然良かったのだろう。
旅での出会いは「一期一会」を改めて思い起こさせてくれる。再会の叶いそうもない人々と知りつつレンズ越しに視線を合わせる刹那。彼らと私がこの世を去るいつかの未来に、さらに先の先の未来に、その一瞬はデジタルデータとして物体のないまま半永久的に残る。私はそういうことを理解するのが不得手で現実の摩訶不思議さにいつも動揺する。
ラバーリー族に惹かれる理由には、彼らの容姿以上に、その祖先が遊牧民として紀元前のアラブ世界を出発点にして西アジアを横断して来た道程への驚きと敬意も多分にある。
山岳を遠くに眺めて気持ちが膨らむように、悠大な時間の流れと人々の移動の軌跡に思い馳せる時、私はいつもぽつんとなる。聞き忘れた何かに耳を澄まし、失われた記憶をポケットに探すように、日本にいる時とは違う時間の流れに入っていく。
ホワイトラン
カーロ・ドゥンガルと呼ばれるその丘はパキスタンとの国境近くにあった。頂から眺めた先にパキスタンのインダス下流域シンド地方が広がっている。今では国境線が引かれているが、カッチも地勢上はシンドの一部である。かつては遊牧民のみならず旅人たちも自由に行き交い文化を手渡し深め合った。
そして期待していた塩結晶の大地ホワイトランは眼下にその気配を微かに見せ始めているばかりだった。丘のふもとから東方近くにはドラヴィダ遺跡があり、北西遥かにはインダス文明を揺らした大地が地続きである。
夕刻の斜光は眼下のシンド世界に陰影を深く彫り、その滔々とした歴史の胎動に思い馳せるには絶好の景色を映していた。その丘は観光地でもありラバーリーの別の男たちが私と同じように西や東に額を向けていた。
ふと人はなぜ遠くを眺めるのだろうという想いが浮かぶ。それはきっと既知に囲まれた心と目の筋肉が伸びをしたがっているからだ。深呼吸のように視線を遠くに放ち、能力の端から端まで使い切り、大きく伸びをしている。さらに思いを広げるならば、民族の移動は人類という種の中での悠大な伸びではないか。留まる民、移る民、様々な可能性を抱いた民それぞれが欲するままに生きることで描かれる軌跡。それは種全体が存続する可能性を本能的に分散しているようにも思える。
藤代冥砂(ふじしろ・めいさ)
葉山、沖縄暮らしを経て、現在東京町田市在住。主に写真家、小説家、エッセイストとして活動中。自身の写真を用いたフォトアパレルブランドPIP(meisapip.thebase.in)のディレクション、YouTubeチャンネル(@MFUJISHIRO)も手がける。瞑想のインストラクターとしても知られる。
案内人 山本束花咲(やまもと・つかさ)
2008年に訪れたカッチで、多様な文化が生みだす手しごとの美しさに衝撃を受け、そこに暮らし伝統を繋いできた人々の純粋さと温かさに魅了される。ライフワークへの昇華を模索する中で服作りと出会い才能が開花。Flower of Tripデザイナーとして旅を続けながら、纏う人の個性が輝く服を、主にオーダーメイドで制作している。
Instagram @flower_of_trip
写真・文 藤代冥砂
編集 中野桜子
案内人 山本束花咲
Special Thanks 寿枝/印度手染織布探求者・通訳者・ヨーギニー、Imran Manjothi/ガイド(Kutch Safari Tours)
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