氷河を守る白い布 ベルニナ・エクスプレスから見る温暖化のリアル
イタリア・ロンバルディア州の小さな町、ティラノを出発しスイスのサン・モリッツへ向かう、世界遺産にも登録されたベルニナ・エクスプレス。アルプスの渓谷を縫うように走り、乗客に連続する絶景を見せてくれる一度は乗ってみたい電車のひとつ。途中のベルニナ・ディアヴォレッツァ駅では、ロープウェイ乗り場が隣接しており、標高2,978メートルのディアヴォレッツァ山頂へ軽装で行くことができる。所要時間は約10分。しかしその短い間には車窓からの眺めとはまた違う、空に近い世界がそこに広がっている。


冬にはスキー客で賑わうこの地。一面を雪で覆われた穏やかな白い世界とは異なり、夏には静けさと力強さを併せ持つ姿を見せてくれる。ロープウェイ途中の眼下には、岩肌と緑が織りなすアルプスの素顔が広がり、遠くにはペルス氷河が輝いている。ところがしかし、その面積が縮んでいる。目に映るのはかつてより縮小した氷河の姿。季節の移ろいだけでは説明できない、厳しくも悲しい地球の変化の現実。

氷河の一部には、白い布のようなカバーが掛けられている。これは氷河の融解を少しでも遅らせるための保護シートであり、強い日射から氷を守る“反射板”ともいえる存在だ。そんなことで温暖化から氷河を守れるのか?と笑ってはいけない。スイスではペルス氷河のほか、ツェルマットのマッターホルン・グレッチャー・パラダイスなどでも同様の保護が施されているのだから。遠目には雪のようにも見えるため、観光客への“演出”か?と勘違いしてしまいそうだが、本来の氷河の色=グレイシャーブルーが失われつつある現実に、自然の美しさと儚さ、人の手による保護の限界を感じずにはいられない。


アルプスの絶景は、今もなお人々を魅了する。しかしその美しさの裏には、確実に進行する環境の変化がある。ペルス氷河を含むアルプスの氷河は、19世紀後半から本格的な観測が始まり、20世紀を通じてほぼすべてが後退しているという現実。ロープウェイの大きな窓から見た白い布で覆われた痛々しい姿。それは自然を守るためのささやかで儚い抵抗なのか。しかし嘆いてばかりでは許されない。この風景を見た我々がその現実をどのように捉え、伝えていくのか…。何を感じ、どう向き合うべきなのかが問われているのではないだろうか。
取材・文・写真 山下マヌー
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