世界遺産「トルココーヒー」は占いの宝庫―“いい妻”は泡の数でわかる?
世界無形遺産に登録されているトルココーヒー。独特の淹れ方はもちろん、コーヒーにまつわる様々な逸話や言い伝えがあり、トルコの人々とその生活に欠かすことは出来ないものだということがよくわかる。
トルココーヒーは、トルコの風土に根ざした特別な存在だ。何世紀も前から飲まれてきたこの一杯には、味わい以上の深い意味が込められている。コーヒーを飲む習慣自体は世界中にあるが、トルコではそれが生活のリズムに溶け込み、一種の芸術のように捉えられている。
トルココーヒーは淹れ方からして他と違う。挽きたてのコーヒー粉を銅製の小鍋に入れ、水とともに300℃近くまで熱した砂にそっと置く。この砂は、海辺から集められた特別なものだ。砂の上でゆっくりと加熱されることで、コーヒーに濃密な泡が生まれる。実はこの泡こそが、トルココーヒーの象徴であり、上手に淹れられたコーヒーの証だとされる。トルコには「コーヒーの泡が多いほど、いい妻になる」という、そんな言い伝えもある。
トルココーヒーには数々の興味深い習慣もある。例えば「一杯のコーヒーに40年の思い出がある」という表現があるが、これはコーヒーを共に飲むことが特別な絆を象徴する行為であることを示している。たった一杯のコーヒーでも、一緒に飲む相手と長い付き合いが生まれる――そういう意味が含まれている。トルコでは、友人や家族と一緒に時間を共有し、心を通わせるためにコーヒーを飲む文化が深く根付いているのだ。
訪問客には必ずコーヒーと水がセットで出されるが、これにも暗黙のルールがある。最初に水を飲んだ場合、それは「お腹が空いている」という合図であり、食事の準備をするサインとされる。一方、最後に水を飲むのは「お腹が満たされている」という意思表示だ。飲み物一つとっても、相手の気持ちを読み取る工夫が凝らされているのは、トルコのもてなし文化の一端を垣間見るようで面白い。
トルコではまた、飲み終わったカップに残るコーヒーの粉で「コーヒー占い」をすることがある。これは、杯の中に見える模様から未来を予測するというもので、楽しみの一環として親しまれている。占いの結果を友人と笑い合うのもまた、コーヒーを飲む時間の醍醐味であり、そこには豊かな想像力とおおらかな楽しみがある。
コーヒーを美味しく淹れる秘訣はなにかと路地のカフェで聞いてみた。
するとその答えはシンプルながら興味深かった。「砂と水が重要です」だと。砂は赤く焼けるほどに熱する。水は常温が最適だという。その店は1990年から営んでおり、仕事帰りの客が店に立ち寄り、幸せな気持ちでコーヒーを楽しんでから家に帰る姿を見守ってきたという。
トルココーヒーは、単なる飲み物を越えて、人々の生活や思い出を豊かにする存在だ。一杯のコーヒーには、トルコの風景や人々の絆、その土地が育んだ文化がぎゅっと詰まっている。
取材・文・写真 山下マヌー