第二の人生を謳歌するカナダのレジェンド 厳寒の地を温かい空間へ変える熱いハート
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イエローナイフオールドタウンの湖の上で暮らすアンソニーさん。またの名を「スノーキング」といい、イエローナイフのレジェンドでもある。彼はこの街で30年以上も続く、「スノーキングス・ウィンター・フェスティバル」を立ち上げた人物。
彼に会いたくて、アポ無しで彼が暮らす湖へ出かけたのはマイナス20度を超える厳寒の昼(昼と行ってもすでに太陽が傾き、夕暮れのようではあるのだけど)。
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彼は全面凍結した湖で氷を切り出す作業中だったにもかかわらず、突然訪れたこちらに穏やかな笑顔を向け、「私のパラダイスへようこそ」と作業場の中へと迎え入れてくれた。
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アンソニーさんの家は湖の上。なので夏は水に浮かぶフローティングハウスで、冬は氷の上の氷上生活というわけだ。その彼が「イエローナイフで名物になるようなことを」とボランティアで始めたのが「スノーキングス・ウィンター・フェスティバル」。1990年代初頭から湖の上で雪と氷の城を建設し始めて、今では年間1万5千人もの人々が訪れる一大イベントとなった。
「長く厳しい冬の中で人々が集まり、笑い、音楽を奏で、アートを楽しめる場所を作りたかった」というアンソニーさんだが、おそらくそれはイエローナイフの厳しい自然の中で共に助け合い創造し、祝福し合える場所をつくりたかったのだろうと想像する。
実際にその思いは地域の人々の共感を得たことで、この祭りが現在まで続けられているのだ。彼は単なるイベントオーガナイザーではなく、人々を結びつけ、笑顔を生む力を持ったリーダー的存在であるのだ。
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ところで、湖の上に家があるということは夏には波が立てば家は揺れるし、冬は氷が固まる状況によっては、氷が溶ける春を迎えるまで家が傾いたままの状態になる。そんな暮らしはどうなのだろう?
「数十メートル先、陸の連中は家や土地代に何十万ドルも払っているけど、ここは違う。自分で作った家だから材料費だけ。湖の上は連邦政府が管理しているから税金も要らない。それに何より、ここは自由なんだ」
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彼は家族と暮らす家と作業場2箇所を湖に構えている。作業場の壁には彼がイベントを立ち上げた当時の若い頃の写真を始め、30年間のスノーキングの歩みがわかる写真が何枚も貼られていた。それらの一つ一つを指さして、説明してくれる彼はとても幸せそうなのだ。
取材中地元の人が作業場にやってきて、まるで古くからの友人のように言葉を交わしていく。その様子からも彼は30年の間、コミュニティの重要な存在であり続けてきたことがわかる。
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「ローンもないし、家も自分で建てた。子どもたちも独立してお金がかかることもなくなった。この湖の上での暮らしは、私に真の自由を教えてくれたんだ」。
心からここでの生活を楽しんでいることが伝わってくる。そんな彼のことを「ヒッピーが流れ着いてここに住み着いたんだろ?」と、そんなふうに思うかもしれないが、そうではない。むしろその逆。「若い頃はとにかく働いた。鉱山の仕事を真面目に続けてお金を貯め、好きな暮らしをしようとここにきて自分で家を建てた」という。
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取材を終えて湖の氷の上を歩いての帰り際、振り返ると彼はまた黙々と氷を切り出す作業に戻っていた。厳寒の湖の上で何百もの氷を一人で切り出す、スノーキング。毎年人々を魅了してきた彼の作り出す氷で建てられる湖上の城。それは自遊人が築き上げる自由な空間でもあるのだ。
写真 高砂淳二
取材・文 山下マヌー
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