タイ・バンコクの自由な一杯 ルーフトップからアングラバーまで驚きのカクテル体験
世の中には何百種類ものカクテルが存在する。マルガリータやダイキリといった定番のクラシックカクテルは、ほとんどのバーで楽しむことができ、その味はどこで飲んでも大きく変わることはない。一方、各店で提供されるオリジナルカクテルは、店舗の数、いやバーテンダーの数だけ存在するといえる。途中で世に出ることなく終わったものや、一度は登場したものの廃れていったものを含めれば、星の数ほどのカクテルが世の中に存在してきた。
「翼の王国」2024年11月の海外特集は、バンコクバーホッピング。
ここ数年、バンコクではバー文化が盛んになってきている。外国人観光客が多く、彼らに合わせた店舗も存在していたが、その多くは画一的な店。しかし、経済成長に伴い急激に豊かになった現在、ローカルの人々も外でお酒を楽しむようになり、これまでの単に酔えればよかった屋台のような店ではなく、雰囲気と味を楽しむためのバーが増えてきている。そんなバンコクのバー事情の中、最も高い70階のルーフトップバーや地下のアングラバー、世界のトップバーとして常連の店舗を求めてバンコクを取材した。
「お酒の味はどこで飲んでも同じ」という考えを持っている。
ビールはビールであり、ウィスキーはウィスキーである。ブランドの違いによる味の差はあるものの、同じ銘柄ならどこで飲んでも味は変わらない。変わるとしたら、地域の水や氷の削り方の違いくらいだろう。したがって、せっかく異なる店に来たのであれば、他では飲めないその店のオリジナルを注文することになるし、そちらのほうが断然楽しい。
各店のオリジナルカクテルは、驚きと感動、発見の連続。奇をてらったものや派手さを追求したものではなく、タイ(またはバンコク)の文化を意識し、リスペクトをもって考案されたものがほとんどだということに驚かされる。ここには「タイの人々は海外のものを真似するのが得意だが、単に真似るのではなく、タイオリジナルな要素を加えようとする」という、とあるバーオーナーの発言が反映されている。
マンゴーとスティッキーライスを使用したそのままの名前の“マンゴースティッキーライス”、キックボクシングをイメージしたグラスにチャンピオンベルトが巻かれた“KO”、カオサン通りの混沌をイメージした蠍の姿揚げを乗せたカクテル、鳥好きな人々にインスパイアされた、グラスとフルーツ、野菜で鳥をイメージしそれを鳥かごの中に収めたカクテル、活気に満ちたタイのクラブをイメージしたミラーボウル、パクチーを使用したカクテルなど、イメージの膨らまし方とカクテルへの創作意欲、情熱が感じられた。
THAIの意味の中には「自由」という言葉がある。
これはアユタヤ朝が建設された14世紀に、自由を愛するアユタヤ朝が「ムアング・タイ(自由の国)」を自称したことに由来している。東南アジアで唯一、どの国の植民地にもならず独立を守ったタイ、世界に先駆けてLGBTQ+に理解を示してきたタイ、ある意味で開放されすぎた自由な繁華街、地上300メートルを超える高さにオープントップのルーフトップバーが出店できる自由。確かにタイという国は、日本に比べて自由度が高い。そしてその精神はカクテル作りにも活かされている。決して大袈裟ではなく、すべてのことに自由という概念があると感じさせてくれる。そんな自由な一杯を飲んだときこそ、精神が開放され、自由になるのだ。
取材・文・写真 山下マヌー