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世界遺産・知床にUターンした若き漁師の挑戦 海の幸をブランド化して世界へ

世界遺産・知床にUターンした若き漁師の挑戦 海の幸をブランド化して世界へ

TRAVEL 2025.09 知床特集

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北海道の北東端に位置する知床(しれとこ)が世界自然遺産に登録され、20年を迎えた。その美しさと雄大な自然を支えるのが、「海−川−森」が連なる独自の生態系。流氷、鮭、ヒグマが象徴する命の循環だ。オホーツク海の流氷が運ぶ栄養分はプランクトンを育(はぐく)み、それを餌に魚や海鳥が集まる。川を遡上する鮭が森へと命を運び、ヒグマをはじめとする生き物たちの命を支えている。そして、そこに暮らす人々の営みに触れたとき、人間もまた自然の一部であることに、改めて気付かされるだろう。

午前3時、オホーツク海へと漁師の船は滑り出す。微(かす)かな光が知床連山を照らし始める。それは息を呑む美しさで、一瞬で変わっていくグラデーションに時を忘れてしまう。

世界自然遺産、知床。生態系が織りなす奇跡とは

知床・斜里町(しゃりちょう)のウトロ地区から眺めるオホーツク海。羅臼(らうす)側からは国後(くなしり)島、択捉(えとろふ)島が見えるほどの視界。

「知床」の語源はアイヌ語で“地の果て”や“陸地の突端部”を意味する「シリ・エトク」。その名の通り、日本の北東端に位置し、世界自然遺産となって20年。わざわざでも訪れたいと誰もを魅了するのは、生態系の織りなす神秘。命の母は、オホーツク海に流れ着く流氷だ。流氷が解け、閉じ込められていた植物プランクトンが大増殖。するとそれを餌に動物プランクトンが湧き、魚が群れ、魚を求めアザラシや海鳥がやってくる。回遊魚である鮭やマスは川から海に集い、やがて産卵のために川を遡(さかのぼ)る。

彼らはヒグマやキツネ、オジロワシの糧となり、糞は大地を肥やして森を育(はぐく)む。こうして海─川─森をつなぐ命の環(わ)が、脈々と息づいているのだ。

野生のエゾシカがあちこちで見られる。

斜里町は鮭の水揚げ日本一。様々な種類の鮭が揚がる。
「男の涙(湯の華の滝)」。地下水が断崖からしみ出し、滝となって勢いよく海へ落ちる、珍しい滝。

流氷が流れ着くのは2~3月。海の上を歩ける「流氷ウォーク」はダイレクトに自然を感じられる知床ならではのアクティビティ! 特殊スーツは海に落ちても防水保温(筆者撮影)。

知床の海と育って……いい日も悪い日も受け入れてこそ、共存

朝3時。月明かりの下エンジンが唸(うな)り、船はオホーツク海へ滑り出す。東の空が微(かす)かに色づきだすと、水平線が刻一刻と輝きを増し、大海原が目を覚ます。くっきり浮かび上がる知床連山に思わず息を呑む。漁師として生きる種田礼士さんは、幼い頃から船に乗り海とともに育った。「海で飯を食いたいと思い生きてきた。どんな天候や潮でも、いい日も悪い日も受け入れてこそ、共存。知床の本物を届けたいと思って漁に向き合っています。海に毎日を感謝して……」

知床は自然遺産になったが、それ以前から人が漁業を営んできた地。海と暮らす人々もまた知床の一部であると、大海に臨むその背中を目の当たりにする。

種田さんの漁は、季節によって鮭、つぶ貝、タコなどと移り変わる。一度知床の獲れたてのおいしさを味わえば、忘れることはできない。朝は2時起き。漁から戻ったら加工、箱詰めまでを済ませ、鮮度のよいうちに店舗や消費者に届ける。

あっという間に軽々と40~50帖の網を引き上げるが、想像を絶する重量。船での漁師たちの動きは実にエネルギッシュで、命を張った緊張感に満ちた舞台である。

地域の魚のブランド化を。知床のポテンシャルはまだまだこれから

「祖父も父も漁師だった。でも、自分は絶対漁師にはならない。魚臭いし重労働だし……そう思っていた」。そんな圓子瑞樹(まるこみずき)さんの転機は、初めて知床を出ての大学進学。入学したが半年で札幌から出戻り、漁師になった。「知床を離れ客観視して、漁師の友人が一番生き生き人生を送っていることに気付いた。即決でした」

鮭の定置網漁の会社に就職し、今は漁師をしながら加工業、飲食業も営む。起業したのは「知床の魚のブランド化を強化したかった」から。漁師3年目から3年間不漁が続き、魚一尾の価値をもっと上げたいと思うように。その矢先、コロナ禍が襲う。圓子さんはSNSで魚を捌くライブ配信を始めた。すると「魚を買いたい」との声が殺到。水産加工会社「圓子水産」を立ち上げ、今や全国へ魚を届ける。

魚のブランド化のため、水産加工業を学んだ。鮭、イクラ、ホッケやキンキなどの加工品を通販で届ける。一方地魚を供する飲食店も開業し、国内外の観光客で賑わう。「鮭とイクラの知床漬け丼」や「炙りぶり丼」が人気。新メニューは「テバサケ」。本来捨てる鮭のヒレを手羽先に見立てた料理は絶品。

昼は定食、夜はつまみを提供する。早朝の漁から飲食店営業まで、圓子さんの一日はハード。流氷期は流氷ウォークの会社を共同経営する。「知床で新しいことにチャレンジできるのは嬉しい。今年も新たな展開を準備中です」と笑顔で語る。

圓子水産

北海道斜里郡斜里町ウトロ東131 ※飲食店は11~1月は閉業。

Instagram @marukosuisan.official

https://marukosuisan.com/ オンラインショップ

撮影 原ヒデトシ 
取材・文・編集 中野桜子

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