岡山ベンガラ色に染まるノスタルジックな町並み 吹屋街を歩く
降水量が少なく温暖な風土から“晴れの国”と呼ばれる岡山県。光がたっぷりと差し込むロケーションでは、万物の持つ色がよく映える。事実、この地を舞台に長い歴史を誇る日本らしい色彩が、丁寧に朴訥(ぼくとつ)に受け継がれてきた。今回は、人々が守り伝えるそれらの豊かな彩りの中から、山間部にひっそりと位置する吹屋の里に伝わってきた、日本古来の美しい赤をフィーチャーする。
ノスタルジックで新しい、貴重な日本の“赤”を学ぶ

山々の緑に彩りを添える、赤銅色の瓦屋根の町並み。ここ吹屋はその起源を平安時代にまで遡る吉岡銅山を支える地として、江戸から明治にかけ隆盛を極めた。だがこの町の存在感をいっそう際立たせるのは、銅の採掘と並行して開発された赤色顔料であるベンガラの生産の歴史だ。銅鉱山に由来する磁硫鉄鉱物のローハ(緑礬)を主原料とした高品質なベンガラは、強い耐光性や優れた防虫・防腐効果、そして何より深みと奥行きのある美しい色合いで幅広く珍重された。その色調は、高貴でありつつも鮮烈だ。

その歩みについてより深く知るため、歴史の面影を色濃く残す吹屋の里から銅山跡を隔てて車で10分ほどの距離にある、西江邸・西江家住宅を訪ねた。時代劇でおなじみのお白洲や手習い場まで備え、各時代の当主の嗜好を反映した壮麗な造りに圧倒される。

西江晃治さん、薫子さん夫妻は、約400年前に本格的なベンガラ生産を実現した郡中惣代庄屋の18代目。吉岡銅山に隣接する西江家所有の本山鉱山からローハの原料が産出されたことがきっかけで、吹屋でのベンガラの量産が始まった。西江家の家系図をひもとくと自ずと吹屋の歴史が見えてくるほどに、その関係は密接なのだ。
二人はかつての栄華を物語る大邸宅に現在も居住し、この文化の継承の道を探る。「古い屋敷に住むとメンテナンスが欠かせず、正直大変。でも、建物の維持管理には人が住むのがいちばんなんです」
邸内には30以上もの部屋があり、その一つひとつにベンガラを用いて着彩した貴重な美術工芸品が鎮座。現代では入手困難な明治期の銘木で贅を尽くして設えられた居間には、江戸期の日本画家である鎌田呉陽による勇壮な昇り龍と、現代陶芸家の淺田尚道が手がけた深紅の壷が、ドラマティックな静謐を連れてくるよう。

ベンガラは陶磁器や漆器の絵付け、神社仏閣の塗装や織物の染色などに幅広く使われる。天然成分のみの顔料は粘りがあってのびがよく、有田焼や九谷焼の巨匠たちを中心にたいそう愛されたそうだ。写真の花器は、十四代今泉今右衛門の作。

化学顔料の台頭とともに昭和期ごろから徐々に衰退し、今では生産されていないローハベンガラだが、西江家の蔵にはかつての原料がまだ眠るという。「お付き合いのある作家さんや神社仏閣から要望があるときだけ、蔵で手ずからベンガラをつくり、お分けしているんです」と西江さん夫妻。

かつては代官の御用所にしか許されなかったという五間続きの座敷は圧巻だ。「貴重な史料として遺していきたいものの、必要となる莫大な資金や高齢化、コロナ禍に阻まれる側面も。単に観光地として開放するだけで終わらない、デジタルなどでの新しい見せ方も含めた方法を模索しているところです」
西江邸・西江家住宅
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